2003年新年号
自然に生れ出てくる=京都クラブ代表 花山圭一
2003年1月1日(水)
「何をみんながやりたがっているか」ということ。やりたければ、自然と人は集まるし、その中からおのずとリーダーが生まれる。最初にリーダーがいて、その周りに人が集まるわけではない。目的が違えば、当然リーダーに求められるものも違う。人が集まってくるのであれば、その中に素質を持った人はいるはず。
だいたい日系社会とか、大風呂敷を広げなくてもいい。おなじ目的をもった人々が小さな団体を作って続ける。それが核です。それらがあちこちにあれば、時と場合によっては共鳴しあって大きな動きになることもあるでしょう。
例えば、県人会は一世のもの。最後の一人が亡くなったらしょうがない。いずれ消滅する団体だから、京都クラブは会館を持たない。会館がないから維持費もかからない。自分たちの親睦のために集まるのだから、日本から補助金をもらわないが、自分たちのお金で立派なサロンを借りてフェスタをやっている。
一世がいなくなったあとでも、続けたいという二世がいれば新しい団体を作ったらいい。既成の組織は継承されない。
日本からきた小さな流れが、ブラジルという大河に出会ったのが、コロニアの姿だと思います。アマゾンのソリモンエス河とネグロ河のように何キロも混ざらずに流れていくが、いずれは混ざって一つになる。いろいろな支流が合流する前の上流と、した後の下流では水が違うから、マナウスとベレンでは棲む魚が違う。だから、全体として豊かなになる。
水は常に低い所へ流れる。どんなに日本文化をうんぬんしても、いつか混ざり合う。その合流地点ごとに文化が生まれるし、その場所にあったリーダーが生まれてくる。
◇文協は今、経営理念の再追求=改めて問う=日系社会の新リーダー像