2月6日(木)
生け花や能などと違い、漢字は文化の一つであるが、ジャンルとしてはとらえられていない。強いて、漢字を芸術として扱っている例を挙げるとすれば、それは書道ということになるだろう。
二〇〇二年全伯幼少年毛筆コンクールの課題となった字は、「る」「まゆ」「元気」「大きな魚」「夕日の湖上」「春待つ草原」の六つ。扱う字は、ブラジルの価値観で選ばれた「愛情」「調和」「幸福」といった調子ではなく、書き方を習うためのもの。これだけを見ても、商業ベースの世界とは少し違うものが、書道の世界にあることが分かる。
日本語普及センターで日本語と習字を教えている山本康子さん(書道五段)と野口民恵さん(二段)に、ブラジルの書道事情を聞いてみた。
それによると、ブラジルには、幼少年対象の書道塾はごく少ない。指導者がいない、用具が調達できない、時間がないなどの理由から、一部の日本語学校で学習者に教えているのがほとんどだ。日本語普及センターは、数少ない例である。
「以前『象』という漢字を見て、これが鼻、これが足、これが尻尾かな、と言った生徒がいました」と野口さんは話す。一文字では意味を持たないアルファベットを見ても、こうした想像力を働かせる余地は少ない。文字を前にして「これは象という意味だ」と言われて初めて、「この文字のどこが象なんだろう」という疑問が生まれる。書道を習っている割合は、やはり圧倒的に日系人が多い。まず日本語を覚えなければならないという理由もありそうだ。
書道を習う人の中でも、漢字を書けない非日系ブラジル人の様子はどうだろうか。アルファベット書道を始めた渡辺少南さんを訪ね、モジ・ダス・クルーゼスに足を運んだ。
少南さんは一九五五年にコチア青年として来伯、日本では中学校で書道の講師をしていた。一九八九年、サンパウロに書道の愛好会ができた時に、指導者として迎えられた。
渡辺さんは、漢字Tシャツが流行している原因について、「一文字で意味を持っている文字は、ブラジルにはない」と指摘。加えて、「戦後の廃墟、焼け野原はブラジルでも紹介されていた。その分、今の成長は東洋のシステムの神秘性を感じさせるのでは」と推測する。
他の外国の文字もブラジル人にとってはエキゾチックで神秘的なはずなのに、なぜ流行らないのか、という質問には、面白い例を挙げて答えた。
「一度アラブの文字を習おうと思って、イスラムの教会に行ってみました。そうしたら『何のために習いたいんだ』って聞くんです。書道のためだと説明したんですけれども、『ブリンカデイラに使うなら教えない。文字はコーランを書くための神聖なものだ』と言われ、断られました」という。何人にも断られたが、一世よりも二世の方が、教えてくれる人が多いらしい。「それでも、イスラム教徒でないと中に食い込んで行くのは難しいでしょう」と話す。漢字の普及についても考えさせられるエピソードだ。
これをきっかけに話はもう少し深く、ブラジル人の文字観へと続いた。
(渡辺文隆記者)
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