2月15日(土)
語り部。コロニアでは古猿ともいうか。サンパウロ州グアラサイに六一年から続く、日系の共同農場「新生」で生涯の大半を過ごし、訪れる作家や研究者に数々の示唆を与えてきた本間征夫さんが昨年五月、七十九歳で亡くなった。そんな〃生き字引〃を失った共同体は一方で、孫子供の相次ぐ離農から、住人の平均年齢が七十歳以上という高齢化問題に直面。老いゆくもの同士が肩を寄せ合って暮らしている。
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「たった一度の旅でした」
こんな言葉をさらりと口にした。どんな旅だったのだろう。晩年の本間さんと語り合った、サンパウロ人文研究所の浅野卓夫さんに聞けば、「アクレ州にあるシッコ・メンデスの墓参りですよ」
青年時代にトラックの運転手として全国を駆け巡った経験がありながらも、「生涯の旅はたった一度だけだった」と。語り部としての存在感がそんなところにぐっとわき立った。
かつて「新生」には人文地理学の権威で、土地なし農民運動(MST)やインディオへの自立支援活動で知られるアリオヴァルド・デ・オリヴェイラさん(サンパウロ大学教授)が度々、教え子を連れて顔を出していた。課外授業の講師を本間さんが受け持った。四歳で来伯。「父親が『日本語学校は行かなくてもいい』という人だった」こともあり、ポルトガル語は達者だった。
この実習で「新生」に関心をもった女生徒の一人は約一年間農場に住み込み、電話帳ほどもある論文(『新生・ユートピアと領有』)を仕上げている。語り部なきいまや農場の貴重な〃歴史書〃でもある。
「土地の力の贈与力に関してよく熱弁を奮っていた」そうだ。浅野さんは「長いスパンで考えるならば、商品経済のサイクルに合わせて農業はやっていけない」と繰り返し語られたことを思い出す。
どこからこんなに深い知見と洞察が生まれるのか。浅野さんは驚いた。引用されるグラムシや、ニーチェの箴言・・・。ただ、コミューンに長く暮らし外部との接触が少ないため、「極端な話、お金というものがよく分かっていない節もある人だった」。
そんな姿が二年前、ブラジルに滞在していた文化人類学者の今福龍太さん(札幌大学教授)の目に止まる。今福さんは、同時代の知恵と精神をテーマにしたビデオ作品を制作している最中で、さっそく出演を依頼。完成版がサンパウロ・カトリック大学でも上映され、反響を呼んだ。
また、夫がブラジル人という日系アメリカ三世の作家カレン・テイ・ヤマシタさんは、アリアンサ地区の移民史をベースに創作した小説「ぶらじる丸」(一九九二)で、本間さんの証言を随所に生かしている。
作家や研究者をこうして触発してきた。
かと思えば、「実はあの方は学者嫌いでした」と浅野さんは振り返る。この辺が在野たる所以か。
本間さんは日韓ワールドカップの開催中に命終。日本でブラジルが優勝したことを知らずに眠る。市の共同墓地まで墓参りに出た。ヴァルテル・ユキオ・ホンマ、一九二四年生まれ。ブラジルの古猿となった一代の語り部は、野生の思想家だった。 (小林大祐記者)