3月1日(土)
日系社会には娯楽が少ないということが、カラオケブームが続く理由だと、歌謡団体の関係者らはみる。
舞台に立って歌い、観客から拍手を受ける。スターになったような気分を味わえるところに、カラオケ大会の大きな魅力がある。
楽屋や会場では、「あの人はエストラにカテゴリーが上がった」などと、噂話が飛び交い、出場者の競争心を煽る。
小野智恵美さん(二二、三世)は、「カラオケはレジャーだ」と、言い切る。各種カラオケ大会で優勝。ブラジル代表として日本の舞台にも立ち、レコード会社からプロ契約の話も舞い込んだ。あっさりと断った。
「楽しみで歌っているだけだから」。
両親と三姉妹。家族五人とも大のカラオケ好きで、頻繁に大会に出場する。
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歌謡団体や愛好会の間で、友人たちとカラオケでストレスを発散するといった意識は薄い。真摯に取り組む姿が目立つ。
このスタイルに対して、カラオケボックスはどう、考えているのか。
Porque・Sim(リベルダーデ区)の大島大輔店長は、「うちは、部屋を貸していくらの商売。ただの部屋であってはならない」と、カラオケボックスが生き残っていくための条件を挙げる。
友人同士でカラオケを楽しむというグループと、誕生日などのパーティーに利用する人と客層は大きく分けて二つ。
最近は、アニメブームの影響で、アニメソングを目当てに来店する人もいる。
カラオケ大会との競合は無いという。
時間を基本に貸与する以上、快適な空間でなければ、客は集まらない。会議でも、魅力ある空間つくりが議題に上る。常に新曲を入れることで、顧客のニーズに応えていきたいところだ。
東京ワンダーランド(ジャルジン区、上田太郎社長)も、似たような状況。新曲についての問い合わせ電話がよく入る。
九六年に開店、今年八年目を迎える。当初、来店者のほぼ百%が日本からの駐在員だった。
非日系人の中には、モーテルと混同する人もおり、部屋に避妊具が残されていたこともある。
新聞やテレビのコマーシャルで広報。今は、駐在員、日系人、非日系人の割合が五対四対一対になった。徐々に、ブラジル社会にも浸透し始めた。
上田社長は、「歌うことは楽しいし、ブラジルに根付くと思う」と、いずれはカラオケボックスが市民権を得るだろうと見通しを立てる。
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日系社会のカラオケについて、北川彰久日伯音楽協会長は、「自己満足の世界だから、廃れることは無い」と、今後十年は、現状が続くとの見解を持つ。
ただ、文化、習慣の違いから、非日系人がカラオケ大会にぐいぐい食い込んでいくのは難がある。
大会というある種の密室では、治安の心配はまずない。日本語、日本文化にも触れることになるから、親は子を大会に同伴したがる。
智恵美さんの母、照美さん(二世)は、「目の届く範囲に、子供がいる。日系人の青年と付き合ってくれるのなら安心」と、話す。
日系社会で演歌が途絶えることはなさそう。カラオケ愛好者や歌謡団体を無視して、コロニアを語れない。(この項終わり、古杉征己記者)
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