3月4日(火)
★天皇とビキニ★
ヴァイ・ヴァイは一九三〇年に創立された、サンパウロで最も伝統のあるエスコーラの一つだ。しかもグルッポ・エスペシャルにその地位を保ち続け、優勝回数は最多を誇る。そのエスコーラが移民九十周年(一九九八年)に「日伯文化統合」をテーマに選んだ。タイトルはずばり「万歳!ヴァイ・ヴァイ」――。
このパレードには、ブラジル人から見た日本と日系人のイメージが渾然となって強烈に炸裂している。
日本髪のカツラをつけて羽根をひらひらさせるトップレスの美女。赤い鳥居の上に立つ甲冑姿のサムライ。皇居の天皇をイメージさせる男性ディスタッキ(山車の上の花形ダンサー)の前には、セクシーなビキニの美女が水浴びしている。真っ白な原爆のキノコ雲の上にはふんだんに羽飾りを付けたディスタッキが踊り狂う。キラキラした剣道の胴着に、目隠し帽で顔を覆いサングラスをかけて〃忍者〃と呼ばれるバテリア(打楽器隊)。ブッダをモチーフにしたデザインや、間違った漢字がそこここに氾濫する。
パレードのシメにはレプレーザ文協の日系青少年がサンバに合わせて阿波踊りを舞い、そのすぐ後にはラジオ体操連盟のおじいさんやおばあさんたちが白・黄・緑のボンボンを手に踊り、リベロン・ピーレス文協の傘踊り。
天皇とビキニ…。ある意味、日本人にとってはタブーに近いイメージまでもが、カルナヴァルという舞台で明るみに出され、サンバの躍動感の中で不思議な統一感をもって賞賛されている。日系人の存在によって、少なからず日本のイメージを深めているブラジル人だからこそでき、パレードに参加する日系人の存在がそのイメージを補強し、裏付ける。
★サンバと禅★
一つ一つのイメージの奥に、隠された意味を読み取りがちな日本人にとっては特に、強烈なインパクトを与えるに違いない。
このパレードを手がけたカルナヴァレスコ、シッコ・スピノーザはTV中継で「これは日本文化への旅と黒人の夢の融合だ」と語っている。そう旅の主人公は同エスコーラが誇る天才黒人ダンサー、クリオレで、彼が見た夢をたどる形式でパレードが進んでいく。黒人文化に吸収された日本のイメージは、解体され、再解釈されて、グロテスクで耽美なスペクタクルとして表現される。
八〇年代にヴァイ・ヴァイでカルナヴァレスコをしていた成戸稔さんはいう。「黒人文化の基層をなすカンドンブレにはもともと〃今とここ〃という概念しかない。過去と未来はすべて〃今〃に集約されて時差がない。〃ここ〃には遠近の区別がなく、全ての距離感を含んでいる。まるで禅みたいでしょ――」。
なるほど、現代日本のテクノロジーを表現する山車の中央には、巨大なビデオカメラが鎮座し、その脇に東洋人街の象徴である古風なスズラン灯がずらりと並ぶ。時間と距離をいとも簡単に跳躍している。
★フォークダンスでサンバ・ノ・ペ!?★
「日系社会からは、あんなのは〃クロンボ〃のバカ騒ぎだっていう声はありましたが、実際出てみると、なかなか意味があるものだって思いました」。パレードに参加したブラジル・ラジオ体操連盟会長、松浦アントニオさんは淡々と電話口で語った。
「最初に話がきた時、会の中ではけっこう抵抗がありました。中には〃ラジオ体操がけがれる〃という人まで。でも、僕は言ったんです。ここはブラジルなんだから、例え僕一人ででもラジオ体操の支部旗を持って出るって。そしたら〃会長一人出させるわけにはいかん〃という人もいて、だんだん人が集まりました」
結局当日は百三十人もの参加者が集まった。もちろん平均年齢は六十五才以上、中には七十代後半の高齢者まで。午前一時にリベルダーデ区の東洋会館に集まり、そこから市が用意したバスで会場へ向かい、パレード開始は午前五時半だった。
同連盟のリベルダーデ責任者のミリアン・キミコ・ミヤモトさんは「徹夜だったけど、年の人も体調を崩さずに楽しく踊りましたよ。ただし、サンバ・ノ・ペ(足)より手でね」と笑う。松浦さんも「僕ら普段、フォークダンス踊ってるから、サンバだって同じ」と言う。毎朝六時からのラジオ体操で鍛えた体力はダテじゃない。実は日系人も、黒人に負けないぐらいダンスが好きで元気だ。
■日本文化の融合と定着■
このパレードにはサンパウロで最大の四千五百人が参加し、見事優勝をかっさらった。以来、四年連続優勝する快挙の端緒となった。ヴァイ・ヴァイ自体にとってもそれだけのインパクトがあったパレードだった。
カルナヴァルという面において、日本移民七十五周年(八三年)で〃同胞〃の仲間入りをした日系人は、九十周年をもってブラジル文化に融合したのかもしれない。これ以来、ヴァイ・ヴァイではことあるごとに九八年のエンレードが歌われている。日本と日本移民を称揚するフォークソング(民謡)として。この時点で移民が持ち込んだ日本文化は、日本〃民族〃のものから、ブラジルの〃民俗〃へと変わった。
事実、二〇〇一年のカルナヴァルではグルッポ・プリメイロ・A(エスペシャルから二つ下のクラス)のプローヴァ・デ・フォーゴは、移民何十周年とは関係なく「A Saga Japonesa no Brasil」(ブラジルの日本人物語)というエンレードを作り、三位になった。
ヴァイ・ヴァイという影響力の強いエスコーラが成功させたことにより、カルナヴァルのテーマとして「日本と日系人」が定着した証拠ではないだろうか。
(深沢正雪記者)
■カルナヴァルと日系人(1)=「ボヘミアンな父でした」=日系初のサンビスタは戦前移民
■カルナヴァルと日系人(2)=見ると出るでは大違い=「日本人にサンバが分かるの?」
■カルナヴァルと日系人(3)=日系初のカルナヴァレスコ=ヴァイ・ヴァイで2度優勝
■カルナヴァルと日系人(4)=サンバ魂は三世から!?=両親大反対だった大衆音楽研究
■カルナヴァルと日系人(5)=バロッカ・ゾーナ・スル=日本人にもできる=『移民75周年』で仲間入り
■カルナヴァルと日系人(6)=フロール・ダ・ペーニャ=囃子響かせ笠戸丸行進=「リオで大江山の鬼行列」と構想
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