最近、コロニア作家による、長編小説の自費出版が目につく。松井太郎さんの『うつろ舟』、七千枚と予告されている宇江木リカルドさんの『花の碑』第一巻、第二巻、単行本ではないが「国境地帯」第九号に一挙掲載された伊那宏さんのノンフィクション『或る失踪事件の周辺』などである▼(ブラジル国内では)商業的には引き合わない、つまり売れない、少なくとも書いた本人たちがそう考えているとみえ、自家・自費出版なのである。力作である。書かずにはいられない、活字にせずにはいられない、の思いが、小説書きに駆り立てる。創作は、自己表現だが、作者の意図がそれぞれ十分に達成されているように思える▼『うつろ舟』は、マットグロッソ州の奥地が舞台だろうか。そこに住む人々の暮らし、しきたりなど、いわゆるブラジル臭ふんぷんの世界が活写されている。自然描写が微細にわたり、実際そうなんだろうと納得させられる。そんな地方に、みずから日系社会からはみ出た日系人が置かれる▼ポ語で書かれた小説にはこうしたブラジル臭の濃い作品が多いことだろうが、理解、鑑賞が難しい。それが日本語だから意味がある▼伊那さんにも、ブラジルで体験しなければ書けない、ブラジル人の体臭が行間から滲み出てくるような作品がある。以前のコロニア作家の作品にはそうしたのが多かった。だんだん希薄になっている近年、貴重である。自費出版して読ませてくれるなど、奇特な行為といえよう。(神)
03/05/09