5月21日(水)
二〇〇一年一月、パラグアイ日本人移住の草分けである笠松尚一氏がアスンシオンで死去した。九一歳。同国最初の日本人移住地、ラ・コルメナ移住地の創設に携わり、戦後も長年にわたりパラグアイ日系社会とともに歩んできた先人の死であった。移住開始から今年で六十七年。一世世代の高齢化が進む中、晩年の笠松氏が力を注いだのが「パラグアイ日系社会福祉センター」の建設だった。
パラグアイ日本人移住の歴史は一九三六年のラ・コルメナ移住地開設にさかのぼる。この、同国最初の邦人移住地には当初三百家族の入植が計画された。しかし太平洋戦争の開始により中断。戦前の移住者は百二十三家族七百九十人にとどまる。戦後の移住は五四年に再開。現在の日系人口は約七千人といわれる。
「パラグアイ神内日系社会福祉センター」は九五年十一月、アスンシオン市の近郊、フェルナンド・デ・ラ・モラ市に完成した。日本の財団法人「日本国際協力財団」(理事長・神内良一プロミス名誉会長)から五十万ドルの資金援助を受け建設されたものだ。敷地六一七五㎡。居住施設やサロンを備えた三階建ての本館には診療所も設置され、パラグアイ日系医師会の医師がボランティアで診療に当たっている。
同センターを運営する組織として「パラグアイ日系社会福祉協議会」がある。センター落成の二年後に設立された。各地の日本人会をはじめ農協、婦人団体、老人クラブなど全国の日系団体が加入する、パラグアイ日系社会の福祉の中心的存在だ。同センターはこれらの団体からの「協力金」をもとに運営されている。しかし、地理的な要因からもセンターの利用はアスンシオン中心にならざるをえず、各地の日本人会がそれぞれ高齢者福祉に取り組んでいるのが現状だ。
パラグアイ国内の日系集団地は首都アスンシオンをはじめとする国内主要都市と、各地の日系移住地に分散している。戦前に開設されたラ・コルメナ移住地を除き、あとの大半は戦後の入植地だ。長いところでも五十年足らず。まさに今、開拓初期の時代を知る一世が高齢期に差し掛かっていると言える。
昨年六月、国内各地の日本人会を対象に日系社会の人口調査が実施された。それによると、日系社会全体に六十五歳以上の高齢者が占める割合は平均約一四%。多いところでは二一%に上る。その四割以上を七十五歳以上の高齢者が占める。
この調査を行ったのはJICA日系社会シニアボランティアの石田節子さん。福祉担当のボランティアとして二〇〇〇年からパラグアイで活動している。日本では社会福祉士として、導入前後の介護保険の現場に携わってきた。石田さんは「今はまだ皆さん現役でお元気です。問題はこれからでしょうね」と、高齢者福祉への取り組みの必要性を強調する。
その一つとして現在福祉協議会が取り組んでいるのがデイサービス制度の導入だ。
構想は、現在の福祉センターの診療所部分を改造して、デイサービスのモデルケースを実施するというもの。これに併せてセンターの敷地内に新たに総合診療所を建設しその機能を拡大するとしている。この案は昨年の定期総会で承認され、現在関係機関への助成金申請を行っている。しかし、資金面に加え、送迎手段や専門職員など人材確保の面で、実現に向け今後解決すべき課題は多い。
こうしたアスンシオンでの動きがある一方、地方の日本人会でもそれぞれ新たな取り組みを始めている。
パラグアイ国内の日系移住地のうち、ラ・パス、ピラポ、イグアスの三つはJICA直営の移住地だ。これらの地域では事業団により移住地内に診療所が設置され、長年医療活動に当たってきた。四十数年を経た今、利用者の多くを非日系のパラグアイ人が占めるようになってきているが、町から離れた移住地で診療所が果たしてきた役割は大きい。
最近になってこれらの移住地で、老人クラブが中心になって移住地内に高齢者のための施設を整備する動きが進んでいる。日本人会の協力を受けて移住地の施設を転用したもので、幼稚園の校舎や診療所の看護婦宿舎、民家などを改装して集会所として利用を進めている。
今年の十月にはJICAが独立行政法人に移行する。新組織への移行が福祉面での日系社会支援にどのような影響を及ぼすかは現時点でははっきりしないが、移住事業の縮小に伴い、今後は日系社会の側にもより一層の自助努力が求められてくるだろう。
パラグアイの日系社会には、かつての日本が持っていた「子が親を見る」という価値観が今も根づいている。しかしそうした伝統も少子高齢化や女性の社会進出によって変わりつつある。親を残して日本に出稼ぎに行っているケースもある。こうした状況の中、将来的に日系社会全体で高齢者を支えていくシステムが必要になってくるだろう。開拓の時代が終わり、パラグアイ日系社会の目は少しずつ、福祉へと向かい始めている。
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