5月28日(水)
薄手のブルーのジャンパーに身を包んだ子供が会場をちょろちょろと動き回って、大人たちの指し手をみる。将棋盤に向かう、生き生きとした表情が印象的だ。
日系三世の長尾大樹君(ソロカバ市、一〇)は、将棋を始めて一年ほどになる。祖父の富生さん(愛媛県出身、六三)は、「指し方をようやく覚えた程度だ」という。
全伯規模の大会は王将戦(二十五日)が初めて。実はこの日、富生さんは大樹君に内緒で来聖する予定で、「本人には、一言も言っていなかった」。
だが、大樹君は朝早く起床して、大会に連れていってほしい、とせがんだ。
初・段外部門に出場したが、予選リーグで全敗。決勝トーナメントに進むことは出来なかった。
負けてめげてしまうのかと思えば、その逆で、「次(の大会)はいつあるの?」と、祖父に尋ねた。
よほど思い出深い大会になったようだ。空いた席で相手をみつけては、楽しそうに、将棋を指していた。
予選リーグで対局した高島将元さん(東京都出身、八五)は、「筋がよい。気に入った。きっと伸びるはず」と、期待を込める。
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金物店を営む富生さんの元には、友人が将棋仲間を求めて集まってくる。将棋盤を挟むお年寄りの姿が少年の興味を引いた。
「ルールを教えて」。自ら進んで祖父に頼んできた。駒の動かし方を教えると、近くに住む同い年のいとこと遊び始めた。
大樹君があんまり勝ちすぎるようになったので、相手が対局を嫌がり出した。それで、祖父が代わりに指してきた。
学校での得意科目は数学。テレビゲームに熱中する現代っ子でもある。
「日本流のしごきは、ダメ」。関心を失わせないために、わざと負けることもある。上位者に勝ったという喜びが向上心につながるからだ。
「トゥルマ(仲間)がいない」。これが一番の悩みだ。地元の将棋クラブには十二、三人が所属している。同年代の子供はいない。
「切磋琢磨できる友達が周囲にいれば実力は上がるのに…。日本語学校に(将棋を)PRしてみようかな」と、富生さんは表情を曇らせる。
息子は仕事に追われて娯楽を持つどころではなかった。次の代の孫が、昔からの趣味である将棋に関心を示した。
祖父としては、強制はせず、自主性を尊重しながら育てていきたいところのようだ。
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平均年齢はおよそ六十五歳。創立六十年を二年後に控え、ブラジル将棋連盟(中田定和会長)は後継者不足に悩んでいる。王将戦が二十五日、サンパウロ市リベルダーデ区の将棋会館で開かれた。やはり、一世のお年寄りが出場者の大部分を占め、愛好者の高齢化を改めて印象付けた。だが、その中に、子供、非日系人、二世の若手実力者などが交じり、光を放った。果たして新風を巻き起こせるかーー。
■将棋 新風起こせるか(1)=「強制せずに育てたい」=祖父、孫の自主性尊重
■将棋 新風起こせるか(2)=チェスから入ったエゴロフさん=トップレベルにあと一息