官房長官 潜伏中のロマンス=恋人と旧交温める=パラナでの同居時代しのぶ
6月25日(水)
【フォーリャ・デ・サンパウロ紙十四日】パラナ州北西部人口二万人のクルゼイロ・ド・オエステ市は十四日、目抜き通りを模様替えし、市の入り口には煉瓦のアーチを築き地下潜伏時代のカルロス・ゴベイア氏ことジョゼ・ジルセウ官房長官を迎えた。歓迎式典には市長をはじめレキオン州知事、ロドリゲス農相、ラッチニョTV司会者などが顔をそろえ、市迎賓館の広間へ迎えた。
一九七五年、サンパウロ州のユダヤ人の子息という触れ込みで一人の男が、パラナ州のクルゼイロ・ド・オエステ市にやってきて住みついた。時は、ブラジルの軍事政権による反政府分子狩りの真っ最中であった。
男は洋品店を営むクララ・ベッケルさんと恋仲になった。ジェニバウ・ラセルダの曲「ブテックのウインドーに目をそそぐ」から主人公の名前にあやかって、カルロス・ゴベイア・デ・メーロと男は名乗った。
二人は同棲して男の子をもうけ、平和な日々が続いた。洋品店の隣に紳士服の店を開き、トントン拍子に繁盛した。一九七九年八月二十八日、政治犯らへの特赦令が発令され、潜伏生活に終止符が打たれた。
翌二十九日、カルロスはクララを呼んで新聞を見せた。そこには大使と交換釈放された痩せこけたひげ面の男の写真が載っていた。
「これがオレだよ」と本当の身分を明かした。クララさんは、カルロスが大物のおたずね者であることを知って動転、驚がくを隠すことができなかった。晴れて帰国するために家族に別れを告げ、カルロスは再度キューバへ旅立った。
ジョゼ・ジルセウ氏は一九六八年、カトリック大学(PUC)法学部の学生で、全学連(UNE)の会長候補として学生運動を指揮していた。イビウナ市郊外で無許可のUNE大会開催中の十月十二日、当局によって逮捕された。
投獄中の一九六九年チャールス・エルブリック米大使の誘拐事件が発生。大使釈放の引き換えに十五人の政治犯がキューバへ亡命。ジルセウ氏もその一人だった。キューバでゲリラ戦の訓練を受け、鼻の整形手術を行い国内へ潜入した。人民解放戦線の警備員として任務に就いていたが、再度キューバへ戻った。
政治運動員として一九七五年、再度潜入しクルゼイロ・ド・オエステ市に落ち着いた。これが今日、スターリンの再来とまでいわれルーラ大統領の右腕としてらつ腕を振るうジルセウ官房長官の往年の姿だ。
ジルセウ官房長官は十四日、クララさんと息子のジョゼ・C・ベッケル氏(二五)と再会した。息子は昨年、パラナ州から下議に立候補し惜敗した。クララさんは、昔の名前でジルセウ氏を呼んだ。離別後もテレビでいつも前夫の様子は、見ていたと述懐した。
当時をしのぶ昔日の友人らは、ジルセウ氏は無口であったという。町では、ただ一人でサンパウロ州の新聞を取り寄せ、サロンでは政治論議が始まると、いつも席を外した。町一番のポーランド系美人で金髪のクララさんと恋仲になり同棲した。クララさんは商売の要領をジルセウ氏に教えた。ジルセウ氏は上流趣味を持っていたので、すぐに田舎町では有名店になった。
クララさんは現在、職人多数を雇って縫製工場を経営。町の人らは官房長官が夫人同伴だったら、どうするかときいた。「クルゼイロ・ド・オエステに官房長官がきたら、カルロスは私のもの」と自信たっぷりだ。