7月16日(水)
移住経験を持つ国会議員が来伯――。二十六日に行われる戦後移住五十周年記念式典に、日伯議員連盟(三塚博会長)を代表して後藤博子参議が出席する。一九八一年から三年間、マナウスに工業移住した経験を持ち、日系社会との接点を持つ後藤参議は自らの強い希望もあって、スケジュールを調整。式典だけでなく、かつての生活基盤だったマナウスにも足を運び旧交を暖める予定だ。
一九四八年大分市生まれの後藤参議は結婚後、電気関係の技術者だった夫、克幸さんとともに国際協力事業団(JICA)の制度でマナウスに工業移住。八一年六月十四日から八四年十月まで同地に滞在し、西部アマゾン日伯協会の日本語学校で日本語教師をした経歴を持つ。
二〇〇一年に参議院の大分選挙区から県政史上初の国会議員として当選、所属する自民党では女性局次長などを務めている。
ブラジルを重心を置いて活動する歌手の井上祐見さんが昨年、ブラジルとの接点を持つ後藤参議を表敬訪問した際に、同行した高木ラウルニッケイ新聞社長らから戦後移住五十周年記念式典の存在を聞かされ、「ぜひ行ってみたい」と興味を持ったという。
一度は日伯議員連盟の代表として来伯が決まったが、現在会期中の通常国会が七月末まで延長されたことから一度は断念。しかし、今月に入ってサンパウロ総領事館に「国会対策委員長の許可もあり、出席できるようになった」との連絡が入った。今回の式典には唯一の国会議員として参加する。
後藤参議は、ブラジル移住のきっかけとなった夫で現在秘書の克幸さんと二十六日にサンパウロ市入り。記念式典と「二十一世紀の日伯地域リーダー交流行事」に出席後、二十八日は笠戸丸移民で唯一生存する中川トミさんを表敬訪問するため、ロンドリーナにも足を運ぶ。
後藤参議の強い希望もあって、「第二の故郷」となるマナウスでも精力的なスケジュールが組まれた。
歓迎会や、西部アマゾン日伯協会の日本語学校視察なども予定に入っており、現地にはかつての教え子や友人も多く、教師から国会議員に転身を果たした後藤参議の訪問を心待ちにする団体も多い。同協会の三木祥弘理事も「かれこれ二十年も前のことだが、当時の教え子が今は立派に成人して、彼女が来るのを首を長くして待っています」と期待を込めた。
八月五日には、今回のブラジル行きのきっかけとなった井上さんのマナウス・アマゾナス劇場公演にも足を運ぶという。