先週末、東洋街と文協講堂で、初めてのYOSAKOIソーラン祭り(団体演舞)が行われた。見物人の目を見張らせ、楽しませ、日本の新しい大衆芸能の種蒔きが行われたことを感じさせた。ブラジル人に合いそうだ▼今後、ショー化していくのか、芸術の分野としての評価を得るのか、はわからない。開催することにより、元気の不足な地域社会の活性化に役立たせたいとの期待もあるのだが、不活性は、産業構造(言い換えれば雇用不振)が最大原因なので、一時的なお祭り開催は〃特効薬〃たり得ないことはよくわかる▼実は、YOSAKOIソーランの参加十二チームの演舞を見る前、北海道で行われている、いわば本場のコピーが多いのではないかと予測していた。案に相違して嬉しかった。指導者のセンスにより、独創的な振りつけが行われていた▼使用されるリズム感の強烈な音楽が、本場のものの借用だったのは、現段階ではやむを得ないというべきか。振りにしろ音楽にしろ、コピーでなく、創作・創造が進むと「(日本の)YOSAKOIソーランと違うぞ」といわれるようになりそうだ。尤も、本場のは背景があくまで鰊(にしん)漁場なのだ、と教えられても、ブラジル人が理解できるわけがない▼ブラジル版は、初回から分岐点に立った感がある。指導者たちは、演舞者の年齢区分採用、審査か無審査か、などの課題を含め、日本と別の道を歩んでいいのか、否かに早期に回答を出さなくてはならないだろう。 (神)
03/07/25