7月29日(火)
【エスタード・デ・サンパウロ紙】プロテスタント運動の「爆発的拡大」とカトリック教会の反応、布教活動における戦略、アフロ・ブラジル教団の進化、心霊術の状況…。ブラジルの宗教現象はヨーロッパの大学でますます研究されつつある。研究者の関心を最も引く点の一つは未来を信じる進歩概念と宗教団体の関係だ。パリ社会科学高等研究所の研究者で、ブラジルの宗教について多くの著書があるマリオン・オブレ氏がエスタード紙のインタビューに応じ、ブラジルの宗教団体をめぐってヨーロッパで最も議論されるテーマについて触れた。
エスタード紙(以下=エ)「何がブラジルにおけるプロテスタント運動の拡大を招いているのでしょうか」。
マリオン・オブレ氏(以下=マ)「十九世紀以降ブラジルでプロテスタンティズムが知られるようになった経緯を踏まえると、プロテスタント運動の実践が神と直接関係を持つことを切望するブラジル国民の、心を捧げる対象の探求とうまく合致したと言えるだろう。と同時に、肉体への霊の憑依(ひょうい)を禁じ、肉体と霊の関係について厳格なプロテスタントの倫理はブラジル国民の中で謙虚な人々の思慮深い心を捉えた。こうした人たちはいわゆる肉体の解放、倫理や道徳といったたがを超えた熱狂を理解せず、拒絶した。憑依体験は肉体的表現を禁じる「言語伝達が可能なもの」「天使の言葉」に取って代わられた。地方の過疎化と都市化がもたらした疎外による犠牲者を暖かく受け入れ、あまりに多い変化の中で失われたアイデンティティーの回復を援助する、多くのプロテスタント教会の活動もプロテスタントの拡大に貢献した。プロテスタント団体加入者たちは自信と自己の尊厳を再発見する。だからこそプロテスタント教徒たちは現在世界で支配的な個人主義的倫理を中心とする教え、人間は日の当たる場所を見出すために、精神的・道徳的にバランスのとれた強い人間にならねばならないという教えに従うのだ」。
エ「大衆的とされる現在のカトリックは『プロテスタントの侵略』に十分対抗しているのでしょうか」。
マ「プロテスタント信仰に対抗するために『カリスマ的改革者』たちの運動を通じて、信仰活動に感情の領域と、神との直接関係を模索し始めた時から、実際に対抗できるようになった。感情の領域は九〇年代以降、ブラジル全国に数百万枚のCDを流通させたことは言うまでもなく、『コンサート・ミサ』に数千人にのぼる人々を集めることができるマルセロ・ロッシ神父のような説教者が登場したことで活気と反響を得たのだろう。こうした非常にマスメディア的な新しい表現方法は大衆的なカトリックの祝祭日を活性化した」。
エ「アフロ・ブラジル宗教は? 生態学の進歩によって強まった、自然的要素の秘蹟化のうねりの中、オリシャ(黒人奴隷の信仰神)はどうなったのですか」。
マ「ブラジルという土地において、オリシャは非常にあいまいな存在になっている。カンドンブレ、シャンゴー、タンボール・デ・ミナスの信仰者の多くは、とりわけ公式的にはカトリック教徒であると宣言することを好む。二〇〇〇年の国勢調査で明らかになった驚くべきことは、アフリカ系宗教の信仰者数がここ数十年間で減少し、現在人口の一・三%に留まっていることだ。事実、ブラジルの諸教混合の伝統に従い、カトリック、プロテスタント、アフリカ系宗教を同時に信仰する人が多くいる。彼らの多くは奴隷制度にさかのぼる古い偏見が理由でアフリカ系宗教信仰者だと自らを認めない。アフリカ系宗教がブラジルの文化的かつ愛すべき想像物として重要な位置を占めることは確かだが、それが宗教世界において衰微したと考えられるかどうか。オリシャについて言うと、それが生態学の普及によって自然の力とみなされ、『緑の信奉者』はオリシャの魔術的暗示を評価するが、宗教的次元においてはオリシャを認めていない」。
エ「ブラジルの宗教の宗教的一体感の特徴は何でしょうか」。
マ「自然やコミュニティーとの強い関係だ。一体感は宗教性を生み出し、表現するために必要で、家庭内での献身的行動だけでは不十分だ。ここで言っているのは人間の肉体的苦痛とは非常に対照的な、喜びに満ちた、お祭り的な宗教性のことだ」。