8月22日(金)
「ここにいる人たちは、踊りが上手いからではなく、楽しいから来ているんですよ」――。ブラジル鳥取県人会館(サウーデ区ドナ・セザーリア・ファグンデス街三二三)で毎週金曜日正午から午後三時まで、鳥取県名物「傘踊り」の指導に情熱を燃やす西谷博さん(八四)は語る。「食と芸能は民衆のもの。ここには常時、五十人の仲間がいて、毎月、新しい人が入ってきますよ」。ちょっと踊り始めたら病み付きになる、その魅力とは何だろう。
雨乞いの踊り
傘踊りは江戸時代末期、大かんばつに苦しんだ同県因幡地方の農民、五郎作が、雨乞いのため体力を使い果すまで踊り、見事雨を降らせたという言い伝えから考案された。この〝因幡の傘踊り〟を戦後、誰でも踊れるようにとアレンジしたものが県内に普及した。
一九八二年、鳥取県の農業研修生が来伯した時、初めてブラジルで傘踊りが舞われた。研修生らの置土産として、傘と衣裳十組を受け取った当時の県人会長、西谷さんと妻の西谷千津子さん(七八)らが見よう見まねで傘を回し始めた。
八五年、カルモ公園さくら祭りで初披露。九五年、県人会館完成を機に本格的に活動展開したところ、会員数はうなぎ昇りに。九八年には日本移民九十周年を記念して、母県から五百本の傘が寄贈された。現在、「しゃんしゃん傘踊り」「白兎音頭」「吉岡小唄」など数曲をこなし、マリンガやアラサツーバ、モジ・ダス・クルーゼスなどにも愛好者がいる。
アミザーデの場
傘踊りは本来、鳥取県の踊りだが、メンバーの大半は鳥取とは関係がなく、友人の紹介で入会する人がほとんど。唯一の非日系人、通称〝マチコさん〟のマチウジ・ドス・サントス・アウヴェスさん(七四)は、ラジオ体操で知り合った岡山県人、藤川ヨシ子さん(七四)の紹介で五年前から傘踊りを始めた。
「歌の意味はわからないけど、踊りが好きだし、友だちと会えるのが楽しい」。日本舞踊もたしなむマチコさんは、「踊りを覚えるまでは、とてもネルヴォーザになるけどね」と苦笑する。そんなマチコさんを、家族は暖かく見守っているらしい。
人気の謎
練習では人数が多いため、数グループに分かれ順番に踊る。休憩中、創立メンバーの重道キヨさん(八〇)は隣席の婦人と、足の運びや傘の回転など踊り談義に花を咲かせる。「最初は、たった六人の会員だったのに、今ではこんなに大勢になって」と感慨深げ。西谷さんは「これだけたくさんいると、意地悪もわがままもできないからね。性格も矯正されるみたいですね」と高らかに笑う。
七月から十月まで、各地で日系団体のイベントが目白押しで鳥取県人会にも傘踊りの出演依頼が後を断たない。傘踊りのスケジュール管理をする杉田登貴夫さん(七五)は「断らないといけないぐらい、ひっぱりダコですよ」と嬉しい悲鳴をあげる。
メンバーだけでなく、外部の人たちからも広く愛されている傘踊り。「ブラジルで落ち着いて暮らすには、楽しく暮らすことですよ」という西谷さんの言葉が印象的だった。
(門脇さおり記者)
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