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国境を越える経営哲学=盛和塾ブラジル10周年(5)=組織を拡大するには=コチア崩壊の痛い教訓

9月2日(火)

 二世の立場から「稲盛哲学をそのまま導入することは無理だという人もいるけれど、塾長がいう通り人間そんなに変わらない」とイハラブラス(農薬製造販売、ソロカバ)の二宮邦和社長(六八)は強調する。
 二宮さんが専務として経営参加したのは二十年前。当時の売上は千五百万ドル(従業員百八十~二百人)だったが、今年は八千万ドル(二百四十人)を予想する。市場の大半を支配する多国籍企業を押しのけての大躍進だ。
 二宮さんは入塾と同じ頃、十年前から社長を引き受けているが、それ以前の経営は大変だった。八〇年代、インフレが始まった頃、数年で入れ代わる日本からの出向経営陣にはブラジルの労働法やインフレへの対処がなかなか分からず、結果的に中途半端な経営になっていた面が否めなかったようだ。事実、入塾前は主力子会社が二社とも赤字だった。
 社長補佐の高野実さん(六五、二世)も「稲盛哲学はブラジルでも十分に通用する。これを広めることは日系企業躍進のための武器になりえる」と考える。
 強力な二世コンビの経営は稲盛哲学のブラジル適応の「てこ」とも言える存在だ。一世経営者がつまずきやすいブラジル的考え方との違いを熟知し、言葉に問題のない二世だからこそ可能性を広げている。
 高野さんのことを、コチア産業組合中央会の関係で憶えている読者も多いだろう。青年時代から三十八年間、コチア産業組合中央会に仕え、最後の三年間(一九九〇~九二年)は専務として、崩壊直前の経営実態を中枢からみていた。
 「コチアでは、あまりに〃小善〃が多かった」と述懐する。稲盛哲学ではこう説明する。「親が子供を甘やかすあまり、子供は自分では何もできないようになってしまい、成長するに及んで人生を誤ってしまうということがあります。逆に、厳しい親に育てられた子供は、自分を鍛錬することを学び、人生における成功者になることがあります。前者を小善、後者を大善といいます」。
 高野さんは「販売、購買、信用など、組合員が抱える全ての問題を親身になって解決する姿勢は立派だった。でも組合員が自分の経営をどうしていくのかを教えることがなかった」と振り返る。
 「コチアに頼めば、何もかもやってくれるという風潮があった。払うべきものも、泣き言をいえば引き延ばしてくれる。しまいにはインフレになって焦付きが拡大し、組合員が払えない分をカバーするために、銀行からさらに借りてくる。それにインフレの利子がかかる。これではどんなに努力しても、経営は成り立たない」
 経営者の立場に立った時、見込みのない融資は断わる、そういう姿勢が足りなかったという。「大善という考え方を教えてもらっていれば、何かが変わっていたかもしれない」。
 稲盛哲学の中でも、会計をガラス張りにすることの重要性を痛感する。「セアザで大きなボックスをやっていた人の多くは十年たたずに潰れた」と振り返る。会社が小さな頃は社長が中心になって、ノッタ(領収書)なしでも伸びていけるが、次々と支店を開ける頃から、ほころびが出てくるという。
 「最初は息子や兄弟に支店をまかせる。次は優秀な社員を送る。彼らは社長のやり方を見ているから、同じようにノッタ無しでやり、最終的には自分で盗むようになる。そうやって訳もわからないうちに、潰れていったところが多かった」
 ノッタがあれば厳重な管理が可能になり、不正は難しくなる。「社長が厳しくやっていれば、みんなそういう風にガラス張りになっていき、会社への信頼が継続する」。会社規模が拡大した時に、社員が会社に疑心暗鬼にならないことが重要だとする。ノッタを切らない、税金を払わないことの最大の問題は、フィスカル(税務監査)ではなく、社員の士気だと。
 会社や組織を創立し、維持することには長けた日本移民も、大きくするノウハウは欠けていたのかもしれない。組織を拡大するためには、もう一つ別の次元の考え方が必要だということなのだろうか。それを模索することは、塾生に与えられた大きな課題だ。
 コチア崩壊から十年がたった今でも、その原因は様々に取り沙汰されている。でも、組合員が最も心を痛めたのは、執行部への不信感ではなかっただろうか。小善が過ぎれば帳簿が複雑になり、ガラス張り経営はできなくなって、結果的に士気に影響をもたらす。コチアを辞めて以来、高野さんは何かに背中を強く押されるように、考え続けている。
    (深沢正雪記者)

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