11月21日(金)
「音の職人は板前のよう。どういう道筋で組み立てるかで、中華風、和風と味が変わる」。サンパウロ市ジャルジン・オリエンタル区ジュリパリ街の工房で語る杉山重光さん(六三、静岡県出身)の声は、時折、コンゴーニャス空港発着便の轟音でかき消される。二十七歳で楽器制作会社に入り、その六年後、一九七三年に着伯。ジアニニ楽器製作所で一年間勤務後、ギター制作者として独立を果たした。杉山さんは、自らを板前に例えた。「私のギターは、ブラジルの味」――。
著名音楽家が相手
杉山さんが制作する『ヴィオロン・スギヤマ』といえば、トキーニョ、ジョアン・ボスコ、シッコ・ブアルケ・ダ・オランダら、ブラジルを代表する音楽家が愛用する名器だ。
著名音楽家との出会いは、リオデジャネイロのヴィラ・ロボス博物館館長、トゥリービオ・サントス氏が最初。「会いたい人には、自分から会いにいく」と杉山さん。「一生懸命に活動していると、必ず、評価をしてくれる。人との出会いでチャンスが生まれる」と語る。
杉山さんのギターは、二千~六千米ドル。「プロ相手にやろうと思ったら、こちらに経験量がないと」。製作者は、いい弾き手と長い交流を持つことで、さらに技術に磨きがかかるというのが杉山さんの持論だ。
一色の音
杉山さんのギターは、表板に北緯四〇―四七度帯に分布するスプルースなど針葉樹。「針葉樹は二億五千万年前から存在する。人類の歴史をみてきた樹木の、ごく一部の条件があったものを使う」。横板にはバイア産ジャカランダ、指板にはインド産ローズウッドなどが用いられる。
ドイツの材料供給会社を通して製材された木材を、杉山さんは、工房の屋根裏部屋で乾かす。温度は四〇度前後、この中で十年以上、その後、五〇度の乾燥室で約十年。乾燥室の温度は、タクラマカン砂漠の夏の気温を想定した。「スプルースは自然の状態で二百年経過したものが最高。そこを人工的に作らなければならないが、自然界を超えることはしたくない」。
材料は、さらに室温三三度、湿度四〇%の乾燥室で保たれる。じっくりと寝かされた木材が醸し出す音色。「部外者には分からないが、人間の身体に入ってくる音感がある」と杉山さん。ある一つの段階に到達した音、すなわち、『一色の音』。杉山さんは「それを、自分は出せる」と、自信をもって言う。
新たな試み
杉山さんは昨年から、新たな試みとして、オーケストラ向けガラス繊維製楽器ケースのサンプル作りに取り組んでいる。工房の片隅には、鮮やかな赤やオレンジ、薄緑などの楽器ケースが無造作に置かれている。
「部屋の飾りになるような、アクセントのある色使いのケースを作りたい」と杉山さん。ねらいは「コンテナ輸出で商業ベースに乗せること」と言い切るところに、職人気質とはかけ離れた一面をのぞかせた。
そんな杉山さんの夢は、「将来的にはカンピーナス近郊に引っ越すこと」という。内陸はダムや海風からの湿気と雨量が少なく、ギター制作に適しているらしい。青春時代からギターを追いかけて来た杉山さんは、針葉樹のごとく年齢を重ねた今、最高の環境の中で、人生の集大成をこの世に送り出そうとしている。
(門脇さおり記者)
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