翻訳者養成シンポで辞典編纂者の脇坂勝則さんは語った。一九五四年、サンパウロ市四百周年祭の折、『マラビーリャ・デ・コント・ジャポネース』(日本の物語の珠玉)を出版した時以来、翻訳分野において長い間、何ら成果がなかったという。「多くの個人的犠牲を払う長い人生だった」。
当時、日本語翻訳本を出版しても商売にはならないという意識が出版社一般にあり、「印刷してやっているのだ」という態度で、時には翻訳者に印刷代として五百ドル、一千ドル払え、と主張してくるところまであったという。翻訳本出版の歴史には、脇坂さんら先駆者たちの努力と犠牲の積み重ねがあった。
五十年が経過して、ようやく日本文学出版ブームが訪れつつある。色々な人の献身の歴史を経て、現在があることを改めて考えさせられた。 (深)
03/12/03