新年号
04年1月1日(木)
新年を迎え、今年も健康で過ごせるようにと願う人は少なくないだろう。中高齢者が中心の日系一世社会にあっては、健康についての関心はことさら高い。そこで久々に老年医学のオーソリティ、森口幸雄リオ・グランデ・ド・スール・カトリック大学大学院教授に登場願い、高齢者のための健康増進法を聞いた。以下の事々に励めば、長寿間違いなしと信じつつー。
昨年十二月で七十八歳となった森口医博は、なお現役で同大学老年医学研究所所長の要務をこなしている。ポルト・アレグレ市内の自宅から勤務先の大学まで徒歩で三十分余り。毎日欠かさず、往復歩いて通っているという。
―みずからウォーキングの率先垂範ですか。
高齢者でも元気で仕事している実例をまず患者に見せ、背を叩くように励ましてあげるのも効果的なことです。
「歩け歩け」は、定年以後の第二の人生最大の薬。中高齢者は、世代に応じて毎日四十分から六十分は歩きたい。
ブラジルで死亡率の最も高い病気は心筋梗塞です。在伯日系人にとっても、肉食中心の生活となりがちか、例外ではありません。この病気の最良の予防薬が、ウォーキングなのです。
よく歩くことによって心臓の血管を発育させ、血管内に血液が固まっておこる血栓を防ぎます。心筋梗塞や脳梗塞の予防につながるわけで、また善玉コレステロールといわれるHDLコレステロールが歩くことで増えるため、これも心筋梗塞予防になります。
ウォーキングはまた、糖尿病予防にもいい。インスリン阻害物質を下げ、体内の油を消費させるからです。すでに糖尿病を患っている人でも、食事療法と並行してぜひ実行すべきです。
ウォーキングはさらに、血圧を正常に保つ効果もあります。塩分の体外排泄作用を促すからで、低血圧の人は逆に血圧を上げて正常化させてくれる。ほかにも太り過ぎ防止や女性高齢者に多い骨そしょう症予防、ストレス解消などウォーキング効果は実に幅広いものがあります。
―とくに糖尿病は、日系人の間でも増えているようですね。
最近、学会で発表されたのですが、日本人には古代から飲食に関して飢餓・倹約因子があります。稲作を中心とした収穫を待つ生活習慣が招いた因子です。が的状況でも収穫期でなければ食べ物にありつけないし、いきおい倹約型の民族体質となる。いっぽう遊牧民族の西欧人は、腹が減るといつでもそばに家畜がいます。
だから肉食中心でたらふく型のブラジル人でも、古代からその繰り返しで健康を保つ遺伝子を持つため、簡単にはインスリン濃度を下げない。日本人にはこの遺伝子がないので、肉食や糖分の取り過ぎを重ねるとやがて糖尿病に罹ってしまうのです。当地の日本人の糖尿病罹患率は、母国民の倍はあると思えます。食事には気をつけなければなりません。
避けたい血圧降下剤服用
―深刻ながんについてー、人々の寿命が伸びるほどがん罹患率は高まっているようです。がんは、老人病の一種でしょうか。
この病気は、ごく初期は無症状なのがこわい。老人病だと決め付けることはできませんが、高齢者に多い難病です。不摂生を重ね、運動不足で肉食中心の偏食とか喫煙習慣など、がんに罹る原因は様々。しかし早期発見で治る例がかなり増えてきました。五ミリ以内の腫瘍なら胃がん、子宮がんとも百%治る時代です。 がん予防には体の免疫力を強めること。それには一日八時間の睡眠、ストレスの少ない生活環境、ウォーキングの励行、さらに動物性脂肪の取り過ぎを押さえ、野菜類は大いに取ることなどです。これだけで、がん罹患が三〇%は減るといわれます。
―日系人にも多い高血圧はどうでしょう。
高血圧症の九〇%は、塩分の取り過ぎが原因です。言い換えると、一日の塩分摂取量を六グラム以下に押さえたら、九〇%がたの高血圧症は治ってしまう。以前、南伯地方日系人ら約五千人を対象に調査・テストしたことから、現塩とウォーキング、八時間睡眠の励行で血圧正常化に素晴らしい効果があることが実証されています。
したがって本態性高血圧症の人以外は極力、血圧降下剤は服用しないようにしたい。降圧剤には、どうしても副作用がつきまといます。コレステロールが増えたり、糖尿病や痛風に罹りやすくなったり、また、ある種の降圧剤は心臓病を招くおそれもある。七十歳以上の服用者には、効能よりも副作用の悪影響が多くなります。飲み始めたら止められないというのは、大きな間違いです。ただし降圧剤は少しずつ減らして、コントロールしながら止めるのようにします。
かって、カンポ・グランデ地方の沖縄県系移住者を対象に母県民と健康面の比較調査をしたところ、長寿県民であるはずの当地の沖縄出身者は、母県人に比べて百歳以上の生存者が比率で三分の一に落ち込んでいた。食習慣の変化と降圧剤など薬に頼り過ぎるため、長生きできないでいるのです。
食生活は日本食中心に
―長寿と健康増進のための食生活について、もう少し具体的な助言をー。
肉類は一日あたり八十から百グラム以内に押さえたい。魚は週二回以上がのぞましい。カンポ・グランデの沖縄県出身者調査では、魚を食べるのは二週間に一回の割合でした。母県では週五回も食べています。このような傾向が平均寿命の大きな差となって表れています。またすでに述べたように、植物繊維を多く含む野菜類や豆類はできるだけたくさん食べるようにします。
―輸入の日本食品ですが、賞味期限切れの食品は健康に影響しますか。
食品にもよりますが、油を使った食品は日が経つと酸化が進みます。これは動脈硬化の引き金となるおそれがある。また防腐剤が多く含まれていると、肝臓に悪影響をおよぼすことがあります。
―日本は世界一の長寿国です。ただしブラジルに渡った日本人の平均寿命は、データはないものの、母国の人々より低いのは確かだと思います。何をどう改善すれば、母国民のような長寿に近付けるでしょう。
ここにWTO(世界保健機関)発表の昨年度の統計資料があります。世界各国国民いわゆる平均寿命ですが、周知のように日本は男女平均が八十一・四歳でトップです。医学の進んでいるはずの米国は、七十七歳で二十七番目。米国の治療医学をモデルとするブラジルは、六十八歳の九十九番目でした。また心身ともに良好な健康状態にある「健康寿命」は、一位の日本が七十三・九歳で米国は二十九番目の六十七・六歳。ブラジルは百五番目の五十六・七歳でした。
つまりブラジル人は、病を得てから平均して十一年後に死亡するわけで、七年後に死亡する日本人より四年長い。平均寿命が日本人より十三歳も短いうえに病気の期間が長く、感心した状況ではありません。
ブラジルの治療医学レベルは結構高いほうでしょう。心臓移植の例など米国に次いで世界二位という高位ぶりです。しかし予防医学のほうは、遅れているといわざるを得ない。いかにして病気を未然に防ぐか、これこそが大切なのです。とくに高齢者の場合は、罹ってからでは手遅れのこともある。日本人の衛生観念をここでも通し、日本人に適した食生活を守るべきで、ブラジル人の真似をすることはありません。