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パウリスタ大通りは「青空美術館」=彫刻20点を展示=散策兼ねて鑑賞したい

1月17日(土)

 【フォーリャ・デ・サンパウロ紙11日】デモ行進や音楽祭の舞台となり、金融機関や商社の集まるサンパウロ市パウリスタ大通り。この大通りに、約20点の彫刻が展示されていることに気付く人は意外と少ない。そう、パウリスタ大通りは、巨大な〃青空美術館〃でもあるのだ。

 パウリスタ大通りで生ま育ち、現在も同地に在住しているというパウリスタ・ヴィーヴァ協会のネウソン・バエタ・ネーヴェス会長も、「いつもパウリスタを隅々まで歩くけれども、彫刻を見た覚えはないなぁ」と驚いているほど。
 なぜ、これほど多くの彫刻に気が付かないのだろうか? サンパウロ大学(USP)でそれをテーマにした修士論文を発表したのが、パウリスタ大通りとアンジェリカ大通りの角に『カミーニョ』という作品を展示するリリアン・アマラルさんだ。
 アマラルさんは、電子パネルやアウトドアなどメッセージを直接市民に送り続ける広告媒体がパウリスタ大通りに溢れていることが、言葉を発することのできない美術品の存在感を消している原因だと説明する。
 これらの作品は前世紀の歴史を語る、重要な展示物である。1920年代、パウリスタ大通りに、サンパウロの起源を象徴する2つの彫刻が展示された。『インジオ・ペスカドール(先住民漁師)』と『アニャングエラ』だ。
 後者はイタリア人彫刻家ルイス・ブリッツォラーラの作品。サンパウロ州奥地を探検していたバンデイランテの1人、バルトロメウ・ブエーノ・ダ・シウヴァの像である。大西洋原始林が残されているトリアノン公園前に設置されている。
 その30年後、複数の商業ビルの建設が始まり、彫刻のスペースが徐々に無くなっていった。
 彫刻の多くは1970年代に設置されたもの。金融機関の本部がパウリスタ大通りに集中し、市の重要な〃金融大通り〃としての位置を確立した。当時の彫刻は工業のイメージを、抽象的・幾何学的な形で表現した。
 パウリスタ大通りとコンソラソン通りの角にあるトーマス・エジソンのモニュメントは1979年、付近の商店主らがスポンサーとなって設置した。「パウリスタにいるなら自分は偉大である」との合言葉が流行った。パウリスタで商売をするなら、自分は権力者であり、高貴な身分である。当然、美術品を所有していると連想する。
 だが、1980年から環境破壊問題への関心が急激に高まり、彫刻のスタイルも大きく変化を遂げる。彫刻家フランス・クラジクベルグは、焦がした木片を再利用した彫刻を創り出した。「彼は、工業の悪影響によって自然が破壊されているというメッセージを伝えた。美術と環境保護の視点を一致させている」とアマラルさんは分析する。
 中には作者不明の彫刻もいくつかある。カルロス・サンパイオ通りの近くには、ブラジル帰化人の豊田豊(とよた ゆたか)氏の作品も見ることができる。ゆっくりパウリスタ大通りを歩いて、〃青空美術館〃を訪れてみたい。

 

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