江戸時代の俳人で治水家としても知られる素堂は「目には青葉山ほととぎすはつ鰹」と江戸っ子らのカツオ好きを一句に詠みあげ後世に名を遺すほど有名な人である。尤も、鎌倉時代まではカツオを食べるのは嫌われて軽んじられ貴人らは遠ざけたのにどういうわけか江戸の人々は大好き。とりわけて初夏の訪れとともにやってくる初鰹の評価が高い▼女房を質に入れても生きのいい初鰹を買うのが男の粋とされ魚屋さんの方も「初鰹伊勢屋の門は駆けて過ぎ」と川柳は笑い飛ばす。伊勢屋はよほどに吝嗇で慳鈍だったのを江戸の人たちなら誰もが知っている。日本だとカツオは暖かい黒潮に乗って碧い南の海からやってきて太平洋を北海道に向け水を切って勢いよく泳ぐ。江戸好みのカツオは今の鎌倉か小田原付近で獲れたのを速舟で深川辺りの港へと運んだものらしい▼と、江戸好みは初鰹ながら宮城や岩手県など三陸沿岸の人々は九月の始め頃から南へ戻ろうと北から帰ってくる「戻り鰹」が美味と称える。この季節になるとカツオも大型になり魚体に脂肪がついて旨みが一段と加わる。土佐の名物・叩きにはしない。刺し身が一番で冷や飯に乗せての茶漬け―これが何ともいい。脂肪の乗ったカツオの一切れ一切れの素朴な味。天下の珍味はこれ―と、地元の老婆は語る▼今、この「戻り鰹」がサンパウロで真っ盛り。三―四キロのを一本求めて「刺し身」が最高。芥子がいいのだが、生姜を擦ってもいい。山葵は避けるのが鉄則と三陸のお爺さんから教えられたのだが、これは好みでそれぞれに。 (遯)
04/02/03