大きな収穫、45周年記念誌=沖縄県人会サ・アンドレー支部出版祝う
2月19日(木)
沖縄県人会の中でも四番目の規模を誇るサント・アンドレー支部(大田信雄支部長)は、八日午後三時から同支部で創立四十五年記念誌出版祝賀会を行ない、約二百人が出席し盛大に祝った。同支部は二〇〇一年に創立四十五年を迎えて記念式典を開催し、翌年から記念誌編纂を進めていた。
『沖縄県人会アント・アンドレー支部 創立から四十五年(一九五五―二〇〇一年)』は約三百頁、大部の記念誌だ。「支部創立から会館建設へ」、「うるま婦人会・うるま老荘会・うるま青年会」、「支部の発展を支えた諸行事」など。山城勇編集委員長を中心に、宮城あきらさんら執筆者五人が、二年がかりで丹念に聞き取り調査し書き上げた。
編纂作業中、創立記念日(五五年五月十日)が判明するなど、大変な手間ながらも大きな収穫のあった出版事業だった。
山城さん(本部協議会会長)は、「桜組挺身隊など、支部創立まぎわまで勝ち負け騒ぎがあって、県人も関係している人があったりで、なかなか一本化されなかったようです。それで創立が遅れたり、創立日もはっきりしなかったりしたようです」と振り返る。
伯字紙に勝ち組集団として派手に報道されるなど、注目を浴びていた桜組挺身隊はサント・アンドレー市に本部を置き、五五年にも一月から五月まで街頭デモを繰り広げ、幹部八人がサンパウロ地方裁判所に禁固九カ月を言い渡されるなど、荒れた時代背景を抱えていたようだ。
十六人の創立会員から始まり、現在は二百人以上を抱える大所帯になった。戦後移住者が多いのが特徴で、六〇年にできた「うるま青年会」が野球やバレーなど独自の活動で会全体に活力を生み出した。「うるま」とは「沖縄島」または「琉球」の雅名で、語源などについては諸説あるが、ウル=珊瑚、マ=島、つまり「サンゴの島」からきた言葉という解釈も同記念誌には書かれている。
六六年に建設された会館は「うるま会館」と呼ばれ、「うるま婦人会」「うるま老荘会」など、同支部活動の象徴ともいえる言葉として定着した。「うるま青年会」は同支部や県人会本部の屋台骨を支える人材を輩出していることで知られる。
同記念誌は六百部を発行し、七月頃にはポ語版も出される予定になっている。編集の過程で、それまで忘れられていた会館の黒松二本が、六七年に松岡琉球政府主席(現在の県知事に相当)が植えた記念樹である事実も、改めて明らかになった。「記念誌を通して、先人の歴史を若い世代が語り継いでほしい」と山城さんは熱っぽく語った。