さきに帰国した日本ブラジル交流協会の第二十三期留学研修生たちの有志は、『同期通信』というボレチンを二カ月に一度の割りで自主的に発行していた。記事は全伯各地のそれぞれが実習先での日常を書いたものだった▼サンパウロの心身障害者施設で実習していた二十三歳のSさんは、短歌と文を投稿していた。「耳もとでささやく歌に身をゆらす父より年ゆく膝上のきみ」。この歌のあとに、文章があった。六十歳を過ぎているけど、こどもみたいに小さくて甘えんぼのケサオ。言葉はないに等しいけど表情は豊か。私が椅子に座っていると、ニッコニコな顔をして、手を思いっきり広げて私を抱き締め、膝に乗っかってくる。歌をうたうと一生懸命耳を傾ける。ケサオの体や髪の匂いを胸いっぱい吸い込む。するとまた嬉しそうに私の頭を抱き締める。私のお父さんより年上なのに、二十歳過ぎの女の子をお母さんと思うケサオの哀しさと美しさに胸を打たれ、できた歌――▼歌の末尾の「きみ」には、さまざまな意味があるが、Sさんの歌の場合、敬いと親しみの両方がこめられているように受け取れる。福祉施設で働こうとする人の資質はかくあるべき、の典型をみる思いだ。近い将来、福祉の現場の得難い担い手に成長するものと確信する▼日系の施設の職員たちも常日頃、園児、園生にみなこのような接し方をしているのだろう。たまたま、日本語による留学研修生の記述があったので、実際を知ることができた。
(神)
04/03/26