新聞を休刊することになる、と発行者が予告した。コチア青年で渡伯して、ブラジルで弁護士になり、めでたい還暦を契機にブラジリアで『私のひとり新聞』(月刊)を発行していた今井真治さんである▼今井さんの新聞発行の動機は、これからの残る人生をいかに生きたらいいか、自分自身への問いに対しての模索――だった。今年、古希を迎えた。人生の模索はいぜん続いているという▼新たに思い立ったのは、語学の勉強だ。それも、英語とフランス語の同時勉強。さきごろ、語学塾の門をたたき、入学を許された。近着の『ひとり新聞』によれば「七十の手習いで、感動をもって、十代の若者と未来を共有している」▼今井さんとはニッケイ新聞が創刊された九八年の初め、少し議論したことがある。電話がブラジリアからかかってきた。新しい新聞には論説がない、新聞社としての意見がない、それでは新聞ではない、というのが今井さんの意見だった▼筆者は、日系社会はすでに草創期でない、もう円熟している。新聞が論陣を張って日系社会を引っ張るなどというのはむしろ〃僭越〃なくらいだ、と応えた。価値観が多様化している現代、若輩者は新聞の編集者として、社会事象を伝えることはできるが「論」と「説」は、とてものこと、人さまには言えないというのが本音だった▼今井さんは、語学勉強で多忙になるので、新聞を休刊するようだ。古希の夢が自身の考えたとおりのところに行き着くよう祈念したい。(神)
04/04/16