ブラジル国内ニュース(アーカイブ)

セナ夭折から10年=母、英雄の秘話語る=貧しい人のために勝利を=実はとても明るい人

5月8日(土)

 【エスタード・デ・サンパウロ紙五月一日】一九九四年五月一日、日本で「高速の貴公子」と呼ばれたF1の英雄、アイルトン・セナが死去した。サンマリノGPのレース中、セナの操縦するマシンが突如コントロールを失い、タンブレロコーナーのコンクリート壁に激突した。イモラサーキットで起きた悲劇の映像はテレビで世界中に放映された。ブラジル国民だけではなく、世界中が早すぎるセナの死を惜しんだ。あれから十年―。セナの死(享年三十四歳)を最も嘆き悲しんだ母親のネイデさんが、母だけが知る息子アイルトンについて、エスタード紙の独占インタビューで語ってくれた。

 エスタード紙(以下、E紙)=息子さんの死後から今日まで、どのように過ごしてきましたか?
 ネイデ(以下、ネ)=あの事故のあと、メモリアル(記念館)・アイルトン・セナを創設するために息子の写真や新聞記事、遺品などをすべて整理し、カタログ化してきました。複数の写真が撮影者不明なので、現在撮影者を探し出して記念館で利用できるようにしたい。
 E紙=これまで幾度もアイルトンさんのレーサー歴の回顧がマスコミで紹介されてきましたが、ネイデさんの印象に残ったレースは?
 ネ=わたしとアイルトンの心に残ったレースは、一九九一年のブラジルGP。彼はどうしても、母国で優勝したかったんです。アイルトンが観客席を見ると、「セナ、セナ」と声援が上がる。彼を応援する人々すべてに勝利を捧げたかった。彼自身、感動的なレースだったと語っていました。
 E紙=息子さんは自身の持つ信仰心を隠したことはなく、特に神の存在を間近で感じたとする一九八八年のモナコGP以後は深い信仰心を誇りに思っているようでした。
 ネ=神への信仰心は宗教だけからくるものではありません。信仰心とは、個人と神との深い繋がり。アイルトンは神と深く結ばれていた。この神の素晴らしい恵みは言葉だけでは表現できない。そんなアイルトンを尊敬する人もいれば、批判する人もいました。(感涙)
 E紙=信仰心によって、息子さんの死を乗り越えることができたんですね。
 ネ=わたしにとって、神は大きな支えでした。
 E紙=サーキットのアイルトンさんは無口でしたが、自宅では…?
 ネ=無口というのは納得いきませんね。彼はとても明るい人で、ヴィヴィアーネ(セナの姉)の方が気難しかったと思う。彼は家を出て競争の世界に入った。新しい自分の状況を注意深く観察していたのだと思う。自分を取り巻く環境や周囲の人々に慣れてくると、少しずつ心を開いていく。彼を無口でプライドが高いと思っていた人々は、そうではないことに気づくんです。
 E紙=アイルトンさんがレース優勝後にブラジルの国旗を掲げた時には、ブラジル全国民も一緒に勝利を祝っていました。国民がアイルトンさんを英雄として称えていたことを、ネイデさんはどう見ていましたか?
 ネ=彼は子供の頃から貧しい人々の味方でした。仕事で成功していくことが貧しい人々の夢を支える。それが彼の生きがいでした。ブラジルのように貧富の差が激しい国では、貧しい人々はとても苦労する。でもアイルトンのレースを見ると、苦労を忘れて喜んでくれる。その人たちの期待に応えようと、彼はいつも勝とうとしていた。だから負けるとあんなに悔しがっていたんです。
 E紙=確かに勝利を目指す姿勢はアイルトンさんの特徴と言えます。目標に達するまで絶対にあきらめない。彼は子供の頃からそうでしたのか?
 ネ=ええ。小さい時から一度決めたことは必ずやり通していました。昔は「ただ強情なだけよ」なんて言っていたけれど、訂正するわ。

 国民のヒーロー・セナ

 E紙=熱心で優秀なレーサーだったアイルトンさんは世界中を魅了しました。今でもブラジルだけでなく、イタリア、イギリス、日本などで英雄として慕われています。
 ネ=アイルトンはファンに慕われることを幸せに思い、ファンに応えようとがんばっていた。ファンの方々も幸せでしょう。わたしも幸せです。
 E紙=一九九四年のイモラのエピソード以来、これほど国民に愛情を注がれた英雄はブラジル史上いなかったでしょう。人々の息子さんへの愛情をどう思いましたか?
 ネ=…こんなにたくさんの人々から愛されていたとは、わたしも息子も知りませんでした。彼は人間アイルトンとして愛されていたのだと気づき、とても嬉しかった。(感涙)
 E紙=自分に自信を持ち、理想を描くことの大切さをアイルトンさんは同じ世代の若者たちに伝えました。現在でも次の世代が彼の遺志を受け継いでいます。
 ネ=それが、インスチトゥット(協会)・アイルトン・セナの仕事です。彼はブラジルに役立つことをしたいといつも言っていた。どこから始めるのか? 子供たちからです。子供たちのQOL(生活の質)の向上を目指し、明るい未来をつくる。アイルトンの夢を実現することは、どれだけわたしたちが彼を愛していたかを示しているのです。
 E紙=(サンパウロ市)イビラプエーラ公園で二年前からアイルトンさんの遺品やビデオ、写真などの展示会が開催されており、ネイデさん自身が遺品を管理していると聞きます。ネイデさんが展示会のコーディネーターですか?
 ネ=そうです。最初に言ったように、アイルトンの遺品を収集し、すべてカタログ化しています。例えば、四歳の時に使ったヘルメットとかね。
 E紙=息子さんの遺品を扱うのは辛くありませんか?
 ネ=なんとかやっています。遺品を扱うだけどころか、毎日彼の写真やインタビュー映像を見ています。アイルトンはわたしの中で生きている。思い出し泣きする時だってある。変に思われるかもしれませんが、彼がわたしの日々の糧なんです。(感涙)

こちらの記事もどうぞ

Back to top button