5月12日(水)
あっ! そこ、踏まないで下さい―。何気なく撮影用に作られた五右衛門風呂に近寄ると、美術スタッフから注意を受けた。「何気なく生えているように見える雑草や、ただ転がってるだけに見える石も、わざと置いたもの。百合薫さんのこだわりなんです」。主人公の足元、背景まで計算された美術設計だ。
九日に行われた、カンピーナス市の東山農場内のNHKドラマ「ハルとナツ 届かなかった手紙」ロケ地見学では、全部で六軒の住宅セットと、小道具や衣裳を製作・保管している倉庫を公開した。
セットの図面を描いたチーフデザイナーの深井保夫さんは、「太陽の光の強さ、赤土の色、日本とは全然違いますね」と語り、それだけでも日本の視聴者には現地ロケだと分ってもらえるのでは、と言う。
最初に訪れた三軒並びのコロノ住宅の真中の家は、すでに台所用品、木材を並べたベッドなど、小道具類がすでに置かれていた。一見して築数十年に見えるが、実はこの二月に建てられた新築。壁などを絵の具や炭でわざと汚し、〃風格〃をかもし出している。カメラが撮影しやすいように壁が移動するなどの工夫も凝らす。
「毎日、カマドに火を入れて、生活感を出しているんですね」とブラジル側美術スタッフ、山崎百合薫組のアート・プロデューサー、イザベル・ゴウベイヤさんは説明する。台所に何気なく置かれているお玉や菜ばしを立てておく細長い空き缶一つ、実は一九二〇年代に実際に使われていた骨董品を探し出して使っている。
並びにある農場使用人住宅には、もともと電信柱が立っていたが、東山農場の協力で、撮影のために電線地下埋設工事をした。
レンガで作られたセットの壁をなでながら、深井さんは「僕らは日本でベニア板で作ったりするんだけど、これは本物。また七十、八十年は使えますよ」と嬉しそうな表情を浮かべる。
三カ所目、木造の仮小屋セットは、大きな竹薮に抱かれるように作られていた。イザベルさんらが集めてきた古木材を使って、モザイクのように組み合わせた。壁木の隙間から、陽光がのぞく。「古材を使って建てると、二、三倍の手間ひまがかかる。でも、それが求められているものですから」とイザベルさん。
深井さんはこのセットに最も愛着がある。「三月中旬にこれを見て、すぐに東京のプロデューサーに電話しましたよ。ぜひ、このシーンはブラジルで撮影してほしいって」。計画では、外観シーンだけブラジルで撮影し、屋内シーンは東京のスタジオ撮影のはずだった。嬉しい誤算だ。
東山農場の倉庫は、ドラマで使用する衣裳や小道具・大道具で埋まっていた。外には、麦藁帽子、竹籠、ボロボロのサッカーボールなどが干してある。使い込まれた実物の雰囲気を出すために、新品を天日にさらしているのだ。駐車場にはコーヒー豆を入れる麻袋がずらり。「お茶で煮しめて、新品臭さを消している」のだそう。これらを使ってどんな物語が演じられるのか、想像が膨らむ。
最後は、結婚式のシーンなどで使う日本人会館だ。元は牛舎だったが、窓を開け、床のコンクリートを削るなどの改造を施し、会館らしくした。すぐ横には養蚕小屋のセット。「火事で燃やすシーンのためだけに作りました。非常に贅沢しています」とは深井さん。勝ち負け抗争のシーンに関係しているようだ。
阿部康彦プロデューサーは、「少し無理をしてでも、より多くのシーンをブラジルで撮影し、ここの空気を取り込んだものにしたい」との決意を語った。「いかに当時のものを再現するかに心をくだきました。そこで俳優が動いて、どういう雰囲気が生まれるかが楽しみです」と、この完成度の高いセットが、俳優陣から迫真の演技を引き出す可能性を示唆した。
撮影開始は、今月二十三日だ。 (おわり)