5月13日(木)
文協ビル一階の国外就労者情報援護センター(=CIATE、二宮正人理事長)。四月十九日午後に、足を運ぶと、デカセギ希望者三十六人が、職場で使う会話の〃特訓〃を受けていた。
同センターは〇〇年の半ばに、少しでも日本語を知って訪日してもらおうと、日本語講座をスタートさせた。無料ということもあって、毎回、満席。二台のテーブルだけでは間に合わず、来賓用のソファーなどを引っ張り出すほどの人気ぶりだ。
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「指示が分からなかったから、指を切断してしまった」。「事業主とのコミュニケーションがうまくとれず、摩擦を生んだ」。
日本の人出不足やブラジル経済の停滞などを背景に、八〇年代半ばから、多くのデカセギが日本に押し寄せた。
その中には、日本語を全く話せない人ももちろん、含まれた。人手不足の解消が先決で、言葉の面はあまり重要視されなかった。
CIATEの佐々木リカルド弁護士は「通訳を付ける余裕すらありました」と言う。語学力の無さは後に、様々な弊害を引き起こすことになった。
応急措置的な対策として、財団法人産業雇用安定センターが九五年、『職場で役立つ日本語会話集』(DIALOGOS UTEIS NO TRABALHO)を刊行した。
「完璧な日本語を理解出来なくてもよい。せめて、その場だけでも凌げたら…」。そんな切実な思いが込められている。
編集に携わった佐々木智美業務部統括主任は「源泉徴収の読み方が分からないといった電話が、ちょくちょくかかってきて、言葉や習慣の面で多くの外国人労働者が困っている様子でした」とデカセギの混乱ぶりを振り返る。
スキットは全部で、百。工場で作業中に交わされる会話やトラブルの相談など職場に直結した内容だ。男性・女性、上司・部下など立場の違いで言葉の使い方が変化することにも触れる。
表記方法は日本語、ローマ字、現地語の三通りあり、「会話文を指差すことで、相手に意思を伝えることができる」と事業主からも反響は大きかった。
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日本語力が不可欠──
CIATEは〇〇年、帰国デカセギを対象に実態調査を実施。日本で最も困ったことを尋ねたところ、回答者の四七%が「日本語」と答えた。
さらに、バブル経済崩壊後の長引く不況で、九八年ごろから、外国人の雇用環境は悪化。採用に当たって日本語力が要求され始めた。
送り出し機関の責任から、CIATEは日本語講座を開設した。『職場で役立つ日本語会話集』を基に、授業を展開。専任理事夫人、日本ブラジル交流協会の研修生、ボランティアの有志が携わってきた。
同一ビル内で日本語を有料で教える文協と日伯文化連盟に配慮。営業を妨害しないよう、受講者はデカセギ希望者だけに限った。
会話中心の実践的な内容なので、受講者はぐんと伸びた。「訪日まで時間が差し迫っている人に、本当に好評を得ています」(佐々木弁護士)。
だが、率直に喜べないことも。当初は初級・中級の二クラスを設置したものの、スタッフが減り、今は初級の一クラスだけになってしまったからだ。「ボランティアだけになかなか、代わりの人が見つからなくて…」と溜息も交じる。つづく。 (古杉征己記者)