5月15日(土)
4月30日、ブラジル鉄道は開業150周年を迎えた。開業当時、鉄道網への投資は盛んだったが、1950年代のジュッセリーノ・クビチェッキ大統領政権時に道路網の建設が優先され、鉄道網は衰退した。だが現在、鉄道の重要性が見直されている。150年もの遅れを取り戻そうと政府と民間企業が提携し、鉄道網の改善・増設プロジェクトが立ち上げられようとしている。経済、観光などの分野で鉄道が徐々に復活の兆しを見せている。(エスタード・デ・サンパウロ紙4月28日、同30日、5月2日)
鉄道網プロジェクトを遂行するには一つ問題がある。150年間にわたって他国に遅れをとったブラジルが鉄道を再活性化させるには、総額120億レアルの予算が必要だと見積もられている。うち70億レアルは民間資本、政府側の負担は50億レアルとされている。
ブラジルの線路は19世紀当時の計画によって建設されたもので、現代、そして未来に通用する鉄道網に変身させる必要がある。鉄道の安全性の確保や電車のスピードアップ、信号の増設、鉄橋の建設、線路付近の貧民街の除去など、鉄道網の改善に関する課題は尽きない。
鉄道網再活性化の利点は次の通り。
(1)輸出用製品の交通費が安くなるため、外国市場でのブラジル産製品の競争力が高まる。
(2)ブラジルの交通網の62%は道路網だが、パンク寸前の状態にある。鉄道網が再度発達すれば、貨物トラックが海港前で長蛇の列をつくるということもなくなる。
(3)観光列車の普及。昨年、カンポス・ド・ジョルドン鉄道を約16万5,000人の観光客が利用、クリチーバ―パラナグアー間の鉄道には約11万人が訪れた。
(4)通勤・通学などの短距離および長距離の交通手段となる。
2008年までに全国の鉄道網を23~35%まで拡大し、電車の平均速度を現在の時速5キロから25~35キロに上げ、トラックの運行台数を3万6,000台まで減らすのが同プロジェクトの目標だ。
〝セーラ・ド・マール〟の観光列車
サンパウロ市ブラス区の元移民収容所(1886年に創設)に隣接した駅だったメモリアル・デ・イミグランテ(移民記念館)から出発し、1860年にイギリス人によって建設された家並みの残るヴィラ・デ・パラナピアカーバを通り、最後に、記憶に深く刻まれるセーラ・ド・マール(意訳=海岸山脈)を下り、19世紀に建てられた終点サントス(港)駅に到着―。
このコースを読んだだけで、旧サンパウロ鉄道の観光列車ルートだとピンとくる読者も多いだろう。来る6月17日、パラナピアカーバ駅の時計塔修築記念として、招待客だけがセーラ・ド・マールの観光列車に乗り、75キロにわたる〃タイムトラベル〃を満喫できるという。
連邦鉄道(RFFSA、株)路線保存部のコーディネーターで、鉄道網プロジェクトの責任者であるマリア・イネス・マツォッコさんは、「サントス下りの列車旅行は、サンパウロ州での鉄道再活性化キャンペーンの記念イベントでもある」と説明している。
RFFSAサンパウロ支社のファビオ・アギアール支社長によると、メモリアル・ド・イミグランテ―パラナピアカーバ間(延べ46キロ)は3カ月以内に観光列車の運営が始まる予定。サントス駅までは、今年末から2005年初めまでに始まるという。
6月17日の列車旅行では、1909年に製造された第1号車両に乗ることができる。同年代の機関車の使用は、車体に大きな負担を掛ける恐れがあるため、残念ながらこの旅行では使用されない。