6月3日(木)
多くの成果を挙げ帰国したルーラの中国ミッション
今回のルーラ大統領の訪中において声明された様々な協定及びそれに関連する民間投資は、今後の数年に五十億ドル規模の投資拡大を見込むと発表されている。その他にもブラジルにおける中国からの直接投資として、中国向け輸出を見込んだ物流インフラ支援を全面的に約束するとの合意も取り付けた。政権を担当して一年半を迎えるルーラ大統領にとって今回の中国訪問ほど実りの大きい外交成果をあげたものはなかったと言えよう。
政治面での外交成果
ルーラ大統領の中国訪問は、経済交流の推進だけでなく、政治面での外交成果も特記される。両国の首脳は、五月二十四日の共同声明の中で、両国間の経済、科学、政治面など様々な協定に調印した。声明では中国がブラジルを国連の常任理事国として指名し、国連安全保障委員会の再構築を支持する。
その一方でブラジルは、チベットと台湾問題に対する中国の宗主権を認めると共に、中国経済を国際市場経済の一員として後押しすることを約束している。中国の狙いは、二〇〇一年十二月に加盟したWTO(国際貿易機関)において、後発の中国がスムーズにその一員として受入れられ、国際社会の中でプレゼンスを高めて行くことにある。その利害関心はブラジルにも共通する。
現在、ブラジルは、自由貿易交渉では農業補助金問題を巡り、アメリカともEUとも交渉が難航している。これに対して共同戦線を組むパートナーとして、ブラジルは、中国、ロシア、インドなど「BRICS」と呼ばれるエマージング諸国の大国を選び、それら諸国と歩調を揃えることで、欧米主導による従来の国際秩序に揺さぶりをかけようとしている。したがって、今回のルーラ大統領の中国訪問には、二国間の経済交流を促進するのみならず、国際社会における「第三の新興勢力の基盤作り」というもう一つの重要課題を担っていたのである。
伯中原子力協定の舞台裏
今回のルーラ大統領の中国訪問で物議をかもし出した出来事として、先進国、とりわけ米国を刺激したブラジルと中国の原子力開発声明がある。公式の協定調印にまでは至っていないが、原子力開発をめぐる両国の歩みよりはテロや各国の核開発に過敏になっている米国政府の神経を逆なでした。
これまでもブラジルはウラン濃縮施設の国際原子力機関(IAEA)からの査察を拒否し、反発を招いている。その他にも対米関係でブラジルはFTAA交渉を巡っても対立、最近ではブラジル人の米国入国を巡る査証手続きトラブルやNYタイムスの記者によるルーラの飲酒報道までもが両国間の神経を尖らせている。
ブラジルの原子力技術が実際のところどこまで進んでいるかは定かではないが、リオ州アングラドスレイスの原発が稼動停止状態にあることから推定してもブラジルがウラン加工や原子力開発においてそれほど高水準の技術力を保有しているとは考えにくい。
また、二〇〇一年半ばの電力危機の時期においても原子力エネルギーが効力を発揮したという話は聞かなかった。但し、ブラジルが世界有数のウラン鉱石という原材料を保有していることは間違いない。したがって、ブラジルは中国との基本合意を発表することで、「ウラン」という原子力資源を保有しているという切り札を世界に知らしめ、それを今後は米国をはじめとする各国との通商交渉のテーブルにおいて直接間接に持ち出す可能性を広げたことは確かである。
(高山直己、ジャパンデスク(電話11・288・6282)週刊ビジネス最前線より抜粋)