二十日の日本人男性殺害事件。男性の内縁の妻だった女性に会った。
かつて同棲八年、二人には既婚の娘が一人いる。事の知らせに「悲しみよりも、孫の顔を一度みて欲しかった」と。
話題はいつしか女性の戦争体験に移る。去年の出来事のごとく語って飽かない。ひとはだれでも齢八十にも達すると記憶の中で時間の奔流が逆転することがある。
いま女性の脳裏に鮮明に浮かぶのは、幾十年前の戦争。そして、身の回りの子や孫のことで、男性の死は遠い日のよう映じているらしい。凄惨を極めた戦争の記憶と千篇一律の日常が、それを呑み込んでしまっている。
だが、二年前、二人は東洋人街のスナックで偶然に顔を合わせた。三十年ぶりだった。そのときの感情を女性は短歌に託し詠んだ。
<三十年のえにしの糸のよりほぐれ今宵ひととき会うも懐かし>。別離の再会となった。(大)
04/06/22