ブリゾラPDT党首死去

6月23日(水)

  【各紙二十二日】PDT(労働民主党)党首のレオネル・ブリゾラ氏が二十一日午後九時二十分、入院先のリオ市サン・ルッカス病院で呼吸不全のため死去した。享年八十二歳。
 一九二二年南リオ・グランデ・ド・スル州生まれ、五四年に同州から下院議員に当選し、翌年同州ポルト・アレグレ市長さらに五八年には三十六歳の若さで同州知事に当選した。六二年にリオ州から下院に打って出て最高得票で当選したが、六四年に過激な労働運動を展開、軍部と対立したため軍政令により追放され、政治亡命を余儀なくされた。
 この間、ウルグアイ、米国、パラグアイを転々とした後、七七年に政界復帰が認められた。復帰後、八二年と九〇年の二度リオ州知事を務めた。八九年に大統領選に立候補したが、コロル候補に敗れ、九四年に同じくフェルナンド・E・カルドーゾ候補に敗北を喫して大統領の夢は消え失せた。この頃から〃ブリゾラ人気〃が影を潜め、九八年の大統領選でルーラ候補の副大統として候補するも一敗地にまみれた。その後もPDT党首に君臨してきたが、凋落の感はぬぐえず悲運の政治家とまで言われた。