6月30日(水)
「柳蘭咲き盛る頃鮭もまた取れる盛りとインディアンは言う」田中澄江作
カナダの日系人の歴史は漁業に始まる。今年八十六歳になる田中澄江さんはカナダで生まれ、少女時代を日本で過ごした後、再びカナダに帰国して漁師だった日系人のご主人と結婚。船上で漁師の仕事を手伝うなかでは夫婦喧嘩もあった。「悔しさが治らぬ我は取った鮭 どぼんどぼんと海に投げ込む」。ご主人の晩年には「譫言(うわごと)にとも綱(*船尾にある綱)とけと夫は言う『解った』と言えばうとうとと眠る」「綱きよる(*綱を繕うの意)手真似をしつつ吾が夫の臨終の際に何を夢見る」と澄江さんは歌った。初期の日系人の人生が凝縮されている歌だ。
バンクーバー地域には、俳句で「睦月句会」「水魚句」、短歌の「バンクーバー短歌会」の計三つの同好会が存在する。会員数はどの会も二十人程度で年齢層は四十~九十歳代。会員の居住地はバンクーバー近郊が中心だが、会報主体の睦月句会は、電子メールのやりとりで国外(ブラジル・日本)の会員とも結ばれている。またどの会も日本からの移住者が大半だが、なかには日系二世や大戦中に日本の教育を受けた台湾、韓国出身者もいる。
同好会の活動は、睦月句会で添削指導と会報による交流、水魚句会とバンクーバー短歌会は定例会での意見交換を中心としている。
技術の向上についてはバンクーバー短歌会の活動が特徴的である。会員の多くが日本の歌人である故・宮柊二氏の結社に登録しており、短歌会全体としてもこの会の長老による指導を受けている。また日本の最新の専門書や会員寄贈の本を個人宅で保管することで、新しい知識や情報を会員が共有できる仕組みを作っている。
「あなたにとって俳句・短歌とは」の問いに対し、水魚句会の代表中内忠夫さんは、ずばり「暮らしです」と答えてくれた。同じ問いに対しバンクーバー短歌会の鳴海登志子さんは、「問題が起きても角度をかえて冷静に見れるようになり、ストレス解消に役立ち、リラックスした人生を送れるようになりました」と語る。また海外で俳句・短歌を作る利点として、「日々忘れていく日本語能力の維持につながる」ことを多くの人が挙げた。
現在直面する大きな問題はないが、定例会に関しては、長時間で徹底的に吟味したい人と、会員同士の交流を重視する人とがおり、その折り合いに苦慮する様子が見られた。
その他、同好会には属さず、個人で日本に投稿を続ける人も少なくないこと、州の公立中高等学校の選択科目である日本語クラスで俳句・短歌を指導する取り組みも一部で見られることを付記しておく。
(バンクーバー新報 平野香利記者)