7月6日(火)
アルゼンチンにおける短歌および俳句のグループ活動は数において、きわめて低調である。
短歌の場合ブエノス・アイレスと近郊を中心にした「みちづれ」一つだけで、一九九二年会員七人から出発し、現在十七人に達している。メンバーの年代は五十代から八十代まで、女性がほとんどで男性は二人だけ、「日常生活の中の喜怒哀楽にゆれる心を、記録として残す」気持で歌作をつづけている。毎月第三日曜日に一会員宅に各自二首ずつ持ち寄って勉強会をひらき、作品を邦字紙『らぷらた報知』に発表している。また、吟行会を一年に一度か二度行い、さらに、各人三十六首ずつ提出して、三年毎に合同歌集を手作りで出している。
七、八年前まで「あさかげ」という、近郊に住む人たちのグループがあったが、高齢化のためか活動が止まり、個人が邦字紙に散発的に投稿している。
そのほか、メンドーサ州に一人で歌作し、折々邦字紙に作品を発表する城取素人(本名白鳥幸人)がいる。長野県出身で現在百歳。戦前移住して来た人で、郷里の著名な歌人島木赤彦から直接手ほどきをうけただけに、歌の骨格がしっかりしていて描写が的確。
俳句では「春暁」が昨年発足したばかり。メンバー十二人はほとんど短歌「みちづれ」の会員で、月例会は行ってない。各自二句ずつ提出し、日系月刊紙「ウルバノ・ニッケイ」に投稿している。
個人的にNHK俳句に投句する人もいる様子だが、数は不明。そのほか、日本の結社「海程」同人の崎原風子がいる。
現在、全く移住者がいない状況から、短歌、俳句を手がけている人たちが高齢化した。また、グループ活動には指導者がいないことから、マンネリ化、型やリズムの崩れ、描写の甘さが見える。
そのほか、らぷらた報知紙に短詩欄があり、読者の短歌、琉歌、川柳、俳句の投稿を募り、選者が短評を加えている。
第二次大戦中から一九七〇年代までブエノスアイレス、近郊、地方に俳句の伝統系、新興系、口語自由律まで含めていくつものグループがあった。旧中等学校卒が多く、研究熱心で、水準も高かった。また、らぷらた報知紙上に俳壇が設けられ、日本の「寒雷」主宰の加藤楸邨の指導を受けたこともあった。
現在、短歌、俳句よりも元気があるのは川柳で、三グループがある。また、沖縄系の人が日系社会の七割を占めているところから、「琉歌」(沖縄方言を使った八・八・八・六型、三十音節の短歌)を手がける人も多い。