ホーム | 日系社会ニュース | 「メタモルフォーゼス」で一人二役 日本人俳優、隈本吉成さん 「貴重な体験をした」 セリフ憶えるのに苦労 良い役者は独特の”空気”

「メタモルフォーゼス」で一人二役 日本人俳優、隈本吉成さん 「貴重な体験をした」 セリフ憶えるのに苦労 良い役者は独特の”空気”

7月15日(木)

  今年三月に放送開始したレコルジ局のTVドラマ「メタモルフォーゼス」の主要登場人物を一人二役こなした、同作品唯一の外国からの招待俳優、東京在住の隈本吉成さん(くまもと・きっせい、48、福岡市出身)は、笑いながら「いや~、貴重な経験を積ませてもらいました」と振り返る。ブラジルTVドラマ史上初の、主役格で抜擢された日本の俳優だ。
 「実は、お前は七回殺されかかったと、脚本家から聞きました」。二役の一つ弟役「三船孝」は開始早々に死に、残った兄役「アニキ」は六月二十三日放送分でインターポールの女性刑事に〃八度目の正直〃で撃ち殺され、重責を終えた。
 同作品の当初の監督、山崎千津薫さんに呼ばれて一月二十一日に来伯し、半年間もハードな撮影スケジュールをこなしてきた。
 「わいわいやりながら、みんなで作り上げるという雰囲気は、ブラジルの方が濃い。いい意味でも悪い意味でも日本の方がシステマチックだが、面白くない」と感じた。
 最も苦労したのは、ポ語のセリフを憶えること。なんといっても主要人物で、しかも二役だからセリフが多い。でも、全く分らないポ語…。「お腹が一杯だとセリフが頭に入らないので、スープにパンを浸して食べ、胃に負担をかけないようにして、徹夜覚悟で憶えました」という。
 まずは台本を説明してもらい、セリフを記憶し、通訳に発音を直してもらい、その上で演技をつける。撮影前に交わされた契約書には「七十二時間前には台本を渡すこと」という一文もあったが、「ひどい時は前日に台本を渡されたことも」と回想する。
 日本と違って、どこの撮影現場に行っても必ず食べ物が用意してあるのには、驚いたそう。「日本では〃メシ押し〃といって、撮影が遅れている時は昼飯抜きでぶっとうしでやることさえありますが、こちらでは必ずアルモッソの時間をとる」と感心する。
 一方、「良い役者ってのは、世界共通だと思いました」とも。「言葉は分らないけど、この演技はすごいなと感じた人は、実際有名人だったりしました。良い役者のもっている独特の〃空気〃はどこも一緒だと」。
 今回の演技で難しかった点は、ブラジル人視聴者のイメージする「日本人らしさ」を出すことだった。同じ人間でも、日語を喋っている時よりポ語の時の方が身振り手振りが大きくなる傾向がある。「言葉と所作は密接につながっていると改めて思いました。ポ語のセリフに引きずられず、日本人の動きになるよう〃動かない動き〃を意識しました」。
 ドラマ途中で、兄役と弟役が同一画面に登場して会話したことも。もちろん合成画像だ。「一生の記念ですよ」と喜ぶ。
 この役に抜擢されたのは、同じ山崎監督の映画『ガイジン2』ロケで好演を見せたからだ。『ガイジン』一作目の主演女優、塚本恭子さんと八〇年代初めに知り合い、ブラジルの話を聞いて以来、「いつか、ブラジルで仕事をしてみたい」と憧れていた。映画と今回のTVドラマ出演で二十年越しの夢の〃フルコース〃が叶った。
 十九歳の春、当時一世を風靡していた新劇俳優、小沢昭一の弟子として演劇人生を始めた。以来、舞台は数知れず、映画にも三十本近く出演してきた。
 「ブラジルでの経験から、日本ですごく役に立つ財産を手に入れたと思う」。自身が活動する劇団「スーパーカンパニー」をブラジルで公演させたい、という次の夢を抱き、今月初めに来伯した妻、みどりさん(48、神戸出身)と共に十八日に帰国する。