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高齢者にも活躍の場を=ブラジルでも進む高齢化=専門家、「第2の人生」語る=経験で培った先見力生かせ

8月25日(水)

 【ヴェージャ誌】ブラジルでも高齢化現象の兆候が明確となったことで、高齢化社会の未来を追ってヴェージャ誌記者が「マツザレム(高齢化社会)」の著者フランク・シュルマッハー教授を訪ねた。同書は先進国でベストセラーとなった。現代社会は高齢化現象のために政治、経済、文化の革命を必要とし、それは統計上の問題ではなく天災だという。
 次は同博士との一問一答だが、ブラジルの上流社会にも参考になることが多い。
 【現在の青年が高齢者となるころ、地球は養老院になっているというのは】二〇五〇年を世界統計で推測すると、青年は五〇%しか増えないのに高齢者は三倍になる。ブラジルは八十歳以上が四倍に増える。人類は急速に高齢化している。
 【高齢化対策として、何が行われたか】何も行われていない。人類史は長い間、三十五歳が平均寿命で六十五歳や七十歳と長寿化したのは十九世紀以降だ。社会保障制度や年金が考案された当時は、六十五歳以上が人口の三%に過ぎなかった。
 社会保障制度という服は、小さくなった。高齢者が年々増えるのに制度は改革されず、旧態依然で据え置きにされ、年金資金は垂れ流し、高齢者の持ち時間は無駄遣い。高齢者は生きる目的もなく、生ける屍か動く化石となっている。高齢者のために、第二の人生プランが社会に要求されている。
 高齢者に対する見方と対処について抜本改革を行うことが必要だ。現在の高齢者対策が近未来にも同じように行われるなら、社会は成立しないし、国家も存続できない。現行制度は高齢者の誇りと使命、体験を取り上げた。高齢者は、粗大ゴミか疫病神となっている。社会構成員の半分以上が粗大ゴミで、蔑視される社会を想像できるか。
 高齢者に対する見方を直ちに変えないなら、世界は姥捨て山となる。若き日の功績が認められる高齢者は例外に過ぎない。高齢者は社会に益することなく単なる穀潰しだとする見方が定着するなら、高齢者は自己嫌悪に陥るだろう。
 【自己嫌悪とは】人間が年老いて、無力感を感じるのは本能的なもの。例外として早く痴呆化したり、独善的になる人もいる。失った青春時代を取り戻せないのは自然の原理だ。気持ちだけ若くても個人的満足であって、社会ではほとんど通用しないものが多い。
 人間社会は、食べて排便するだけの人を軽蔑してはならない。これまでの高齢者の観念が変わった。高齢者が過去に積み上げた経験を行かせる時代が、到来しつつあるのだ。
 【定年制度を変更すべきか】先進国ほど少子高齢化が進行している。五人が一人の高齢者を養う時代から、一人が一人を養う時代が目の前に来ている。こうなると経済的奇跡が起きないかぎり、国家経済は立ち行かない。
 年功序列制や終身雇用制を実施した国は、年金制度を計算しなかったようだ。
高齢者には、国家や銀行が経験を生かして独立する道を開くべきだ。現行法では、定年の年齢になると融資対象から外される。
 【高齢者は非生産的だという考え方は】人材の否定面だけを見、肯定面を無視する経営は、人材活用に失敗する。高齢者は体力と行動力では青年に劣るが、豊かな経験に培われた先見力や成功体験による自信を持っている。高齢者の先見力や自信を証明する方法や研究がないため、折角の無形資源が無駄にされている。
 【世代間の争いはあるか】世代間の争いよりも、高齢者同士の争いが心配。子供を育てた高齢者は、育てなかった高齢者には社会制度の世話になる資格がないと思っている。その問題は先進国で現実化している。もっと深刻な世代間の争いは、少子化する先進国と、多子化する後進国が未来において「文明の衝突」を起こすことだ。
 【その結果どうなるか】多子化国家は、政治、経済ともに不安定だ。過去ではドイツのナチス時代、革命時代のフランスがそうだった。イラン革命も同条件下で起きた。現在はイスラム圏の全ての国が、同条件下にある。パレスチナのガザ地区は国民の平均年齢が十六歳と最も若い。この青年層が二十歳前後になると、経済的に豊かな西欧社会へ出稼ぎとして民族移動をし、同時にテロの過激思想も輸出する可能性があると考えられる。

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