8月25日(水)
【エスタード・デ・サンパウロ紙十五日】元教育相で現在、リオ連邦大学(UFRJ)で教鞭を採るフランシスコ・ウエフォート教授は、PT政権が実施しようとした国家公務員へのかん口令を「飼い犬に咬まれることになった」と表現した。国家公務員からマスコミヘの情報提供は、PTが培い、オハコとしてきた告発戦術だった。
同教授は政府が設置した視聴覚メディア庁(ANCINAV)について、当初は賛同したが、いまは疑問視している。表向きは政府援助による芸能界の活動支援だが、PT政権による報道管制が懸念されるという。
ANCINAVの定款四十三条に、同庁は出版活動の責任と出版内容の責任者について最終責任を負うとなっている。さらに四十五条は活動内容に一定の制限を設けることを明文化している。なぜ報道の自由によって生じた意見の相違と衝突を故意に避けるのか、それは報道管制だと同教授は糾弾した。
さらに悪いのは、連邦報道審議会(CFJ)の提唱。内容について具体的な発表はないが、政府が報道機関にタガをはめようという意図は明白だとみている。報道機関を政府の一機関として取り込む考えだ。CFJが行うのは、大衆を政府支持へ引き込む情報操作と洗脳だと同教授は懸念している。政府の意図がそうでないなら、その意図が全く含まれないことをはっきりと一文に表すべきだと要求した。
CFJ原案は、医師や技師のように、新聞記者の任務についても科学的及び技術的責任範囲を明文化しようとしている。しかし報道関係者には、微妙であるが報道のエッセンスとなる微妙な部分がある。それが認められるのが民主主義の特典であり、取り上げるのは報道の死を意味する。
CFJが法令化されると、政府の一機関として政党新聞の役目を強制される危険がある。国民の知る権利も束縛される。これら報道規制は、PTが政権運営にまだ不慣れであることの表れだと同教授はみている。
同教授は八〇年、PTの党結成に参画した。十四年後、PTの趣旨と思うところが異なり、カルドーゾ政権へくら替えした。PT路線が採用している政治手法は、ヴェネズエラ型の大衆迎合による独裁手法とみている。