9月2日(木)
成田には予定時刻に到着して、通関もすぐに済み、金田氏と都内のホテルにバスで向かった。高速道路は混みもせず、五時にはホテルに着いたので、荷物をかたずけると、二人でホテルの周りを散歩して、東京の賑やかな商店街を楽しんだ。
しばらく歩くと、蕎麦屋の美味しい、だしの効いた汁の匂いがして、二人して
申し合わせた様に、暖簾をかき分けて入り、久しぶりの美味しい蕎麦を堪能した。
ホテルに帰ると、早めにシャワーを浴びて、眠りについた。なかなか眠れずに時を過ごしていたが、いつのまにか寝入っていた。
翌朝早く、カラスの鳴き声で、目を覚まして隣のベツドを見ると、金田氏は目を覚まして窓際のイスで、新聞を読んでいた。
「目覚めましたか―」と声を掛けてくれ、「朝食は、八時からですよ」と教えてくれた。八時に食堂に行くと、予約してあったので直ぐに座れ、日本食のバフェー・スタイルの、朝食を味わった。
色々と珍しい佃煮や、煮物で久しぶりの本格的な朝食を味わい、金田氏は、食後の緑茶を飲みながら、「ひさしぶりです!朝にこんなに日本式の朝食を食べたのは――」満足気味に話していた。
「今日は、靖国神社に行きますが、私の弟の戦友が来てくれます。戦友会の人で、戦死した弟の出撃の最後を見送った人です。十時に入り口で待ち合わせています。そして私と共に、お参りしてくれるそうです」と話して、席を立った。
靖国神社の前で、タクシーを降りると、金田氏は姿勢をただすと正面に一礼して、歩き出したが、直ぐに人影が近寄り声を掛けて来た。
「金田氏ですか―」「はいーそうです―」と言うなり、二人は固い握手をしていた。
鈴木と名乗り、私とも握手を交わして「今日は良い天気で何よりです。さあー行きましょう」と話して、歩き始めた。
正面の拝殿前に来ると、鈴木氏は姿勢をただして、「今日は、お兄様を案内してきました」と言うと、深く頭を垂れて顔を上げなかった。
暫らく、沈黙の長い時間が過ぎ、廻りの人も、遠い騒音も気にならず立ち尽くしていた。
どのくらい時間が経ったのか分からないが、自分の耳に鳥の声が聞こえて来た。金田氏と、鈴木氏を見ると、目に涙しているのが分かった。
私達は参拝を終えてから、近くの喫茶店で休憩して、話しを始めた。鈴木氏はおもむろに背広のポケットから、小さい包みを取り出して、テーブルの上に置いて話し始めた。
「これは、弟さんが出撃の日に、形見として呉れたオルゴールです。そしてこれは、攻撃最後の突入前の通信電文です」そう話すと、彼は粗末なザラ紙の一枚の電文用紙を広げた。
其処には、ただ一行の文章が走り書きで書いてあつた。
「 サクラ サクラ ヤヨイノソラニ。トツ――連打有リ、目標突撃成功」。
金田氏は、弟さんが最後の突入の瞬間までキーを押した文を見ながら溢れ来る涙を隠そうとしなかつた。
どのくらいの時間が経ったのか、突然オルゴールの音色がしてきたが、それは「サクラ、サクラ」のメロデーであった。
なんどか同じ音色を奏でて、音も小さくなり、何時しか自然に止まつた。
(つづく)