これは文芸評ではない。さきごろ本紙連載が完結した故人小野正さんの自分史『アマゾン移民少年の追憶』が、わたしたち編集部員の予想をはるかに超えて好評だったことを伝えたいのである。小説のような自叙伝だった。「よかった」と感想をもらした人たちはさまざまだった▼小野さんと同じような体験をした子供移民(準二世)、こどもに読ませたいという戦後移民の女性、翻訳ができているそうではないか、と問い合わせてきた孫がいる年代の女性、連載の最初から読んでいないので一冊になっていれば是非、と希望した人――。こんなに反響があるとは、作者も想像できなかっただろう▼自分史というのは、説得力があるものだ。特に「―少年の追憶」は、悲惨な体験をした著者なのに、著述全体は、どこかほのぼのとしていた。こんなに他人に「読みたい」と思わせた自分史は珍しい▼自分史は、私小説とはいわないようだが「文学」に含めている人たちもいる。「―少年の追憶」に続く本紙連載は、本格的な移民文学である▼松井太郎さんの『うつろ舟』。フィクション、創作だ。主人公である日本人の男を入念に書き込んでいる。小説の背景(それは人間社会と自然だが)の表現に魅了される。「ブラジルの臭い」がぷんぷんとしている。サンパウロ市のパウリスタ通りと対極にあるブラジルである。日本語でこれほどまでに書けるのか、と思った。一語一語大切にしている。推敲に推敲を重ねた文章。味読を奨めたい。(神)
04/10/8