12月21日(火)
ウルグアイのモンテビデオヒガシ学校設立にあたっては、JICAなどを通し、日本政府から人材面での支援を受けた。また、今年三月には集団自立研修センター建設のために、八万ドルの草の根無償資金援助も決まっている。しかし、ブラジルでそうした動きはほとんどない。矢野さん夫妻と供に生活療法の普及に励む生活療法専門家の三枝さんも一介のボランティアだ。
ブラジルでの一般的な自閉症治療では、薬を用い行動を抑制する方法をとることがある。
「薬を飲んだらロボットになってしまう」。高行さんは疑問を抱いていたため、三枝さんの講演を聞き、薬を使用しない生活療法への期待は一気に高まった。
三枝さんの講演は他の出席者も刺激し、さっそく今年一月、生活療法を実践しようと矢野さんら十三人の父兄がサンパウロ市内で集まった。
施設が必要なことから、四月にはオイスカ・ブラジル(高木ラウル会長)の運営するサンパウロ市郊外のジャカレイ市にあるコチア農業学校へ視察に行った。 さっそく、その翌週から同学校を利用して自閉症児の療育が行われたが、参加したのは六人だけだった。
生活療法は「学校、教師、子ども、そして親が一体となってやらなければならない。親がもっとしっかりしなければならない」と三枝さんは親の役割を強調する。しかし、まだ確信の持てない生活療法のためにさらに自分の負担を増やそうと考える親は少なかった。
その後、ジャカレイでの療育は週一ペースで六月まで続いたが、距離的な問題や経済的な事情から参加者は減っていき、顕人くんと非日系の少年(11)だけになった。
七月、「体力づくり」の方法を学ぶために少年の母親がヒガシ学校で研修し、八月からサンパウロ市内の野球場で毎日一時間、かけっこ、ボール遊びなど体力作りを中心とした生活療法を再開した。体育教師ジョゼ・エドワルドさん(45)も協力するようになり、野球場の空きスペースに施設を建てようとの機運が高まった。
教育施設は是非とも必要だった。
「にこにこ笑って学校へ行って、ランニングしたりしていた。今までは考えられなかった光景です。行儀がいいし、笑顔があって、そして教育を受けている。こんな天国のような学校があるなんて」
ボストン東スクールで行われている生活療法のビデオを見たとき、高行さんは衝撃を覚え、「普通の子どもは学校へ行く。学校へ行くことが生活療法だ」と確信した。
実際、生活療法を四十年行っている武蔵野東学園には幼稚園から高校まである。自閉症児の同高校卒業生は三百人を越え、九割以上が就職または進学している。
しかし、施設建設の許可は球場側から降りなかった。同時に、そのことに失望し、十月には球場での集まりも無くなった。
また、施設に加え適切な指導者も欠いていたため、成果もなかなか表れてこない。もう一度、少年も連れ母親にヒガシ学校に行ってもらおうという話がでた。
生活療法は年齢が早ければ早いほど効果があがると言われている。母親が行くことを提案したのは、「五歳の顕人より彼の方が急を要する」と、矢野さんは考えたからだ。しかし、母親は拒否。もう心が生活療法から離れていた。生活療法を実践しようとするのは矢野さん夫妻だけになっていた。
「一体お前は誰の親なんだ」。そんな時、我が子より少年を優先しようとした矢野さんに対し友人が言った。この言葉に顕人くんをモンテビデオに連れて行くことを決めた。
ヒガシ学校にはエドワルドさんも行き、和美さんとともに教育を受けた。そして、十月末、大きな変化を遂げて帰ってきた顕人くんは今、幼稚園に通っている。
つづく。
(米倉達也記者)
関心のある人は、11・6633・2420(矢野さん)まで。