1月1日(土)
四月二十三日に行われる予定のブラジル日本文化協会(上原幸啓会長)の定期総会だが、次回のそれは今までと少々重みが違う。新しく選ばれる文協会長は、二〇〇八年の移民百周年祭典を取り仕切る理事長に就任する可能性が高いからだ。つまり、誰が文協会長に就任するかで、ゴタゴタ続きのブラジル日本移民百周年記念祭典協会の将来を、日系社会の今後三年間を大きく左右することになる。加えて新会長には、文協五十周年という大きな節目の行事を、先頭に立って進めていく重要な役割が課せられている。出馬がささやかれる候補はすでに数人いる。その状況や背景を俯瞰しながら、どのような会長像が理想的なのかを、広く一般に聞いてみた。
ブラジル日本商工会議所の赤嶺尚由理事は「百周年には大きな資金が動く。やはり、厳しい企業社会で経営感覚を磨いてきた人に会長になってほしい。一世だから二世だからというのでなく、両方を説得できる人材であることが大事ではないか」と語り、YKK・ド・ブラジル社の石川清治社長(日本本社副社長も兼務)、サンスイ社の本田剛社長ら二世社長を具体例として挙げた。
「皆の意見をよく聞き、会を盛り立てていってくれる人が適していると思う」。理想のリーダー像を、そう語るのはサンパウロ市リベルダーデ区内で自営業を営む戦後移民の男性(63、香川県)。県人会の活動などにも参加。日系団体の動きに関する知識量も少なくない。
次期文協会長について質問すると、「上原幸啓会長はインテリで温厚な人。だが、挨拶なんかを聞くと結構、的外れなことをしゃべったりしてどうも頼りない」と不満顔。「まあ上原会長続投で異論はないが、脇を固める人材を見直すべきだ」というのがこの男性なりの結論だ。
ある団体職員の女性(60代)は、世代交代した文協への不信が大きい。「二世になったら、精神構造が一世とは全く異なるでしょう。だから、文協がどうなろうと私たちに関係ありません」とキッパリ。
この女性はちょくちょく図書館に書籍を借りに出かけるそうだ。「赤字経営で新刊書を買うどころか、図書館閉鎖の噂だって出ていますよ。文協から日本語を取ったら、何が残るのでしょう。日系コロニアの斜陽ぶりを改めて実感しました」と怒りをぶつける。
具体的な氏名は知らないと言って、選挙について言明を避けた。ただ「やっぱり、一世に戻すべきじゃないですか」と注文をつけた。
■本命は上原会長続投■
あと三カ月余りに迫った役員選挙で、最も可能性が高いのではと噂されているのは、上原幸啓現会長の再選のようだ。現執行部としては、上原氏を説得して〇八年まで現在の体制のまま押し切ろうという〃絵〃を描いている。
吉岡黎明第一副会長は、「僕らとしては続けてやってもらいたい。チームを代えるのはまだ早い。もうしばらく続けてほしい」とその動きを肯定する。ただし、「今後、どういう動きが出てくるか分からないけど」と変動の余地を残す。
〇三年五月に就任した時から、上原氏は一期二年限りと明言しており、〇四年末にも同様に答えた。その意思は固いものと思われていたが、後継者不足から再出馬する可能性が出てきたようだ。事実、上原氏は就任する時も、直前まで出馬を否定していた。
というのも、後継者最有力候補と見られていた吉岡黎明第一副会長の人望が今一つで、会長に押し上げたところで余計に風当たりが強くなる、との観測があるからだ。
現執行部としては、吉岡氏に橋渡しするための準備を着々と進めてきた、と言われる。例えば、小泉首相が来伯した昨年九月頃から、ブラジリアにロドリゲス農務大臣や堀村隆彦大使を訪ねたり、アウキミン州知事を訪問して百周年祭典協会の打合せに行ったのは吉岡氏で、今後の顔合わせの意味合いが強いと言われる。
さらに、〇三年、上原会長が行った海外日系人大会に、〇四年はやはり吉岡氏が行き、日本側関係者に顔合わせしている。
ただし、移民史料館運営委員長など、現在でさえ数々のコロニアの要職を兼任しすぎていて、「名前だけで仕事をしてない」との批判が聞こえるのも確かだ。
吉岡氏自身も出馬の噂に関しては、「そんなことは絶対にない。僕はそんなつもりで、要人に会いに行っていた訳じゃない。全く考えてもない」と言下に否定した。
■隠然たる影響力■
現執行部の背後でコーディネートしているのは、渡部和夫USP法学部教授といわれる。サンパウロ州高等裁判所の元判事でエリート中のエリート。囲碁を愛好するだけあって、先手を読む力は人一倍とも。
現執行部における存在感からすれば、渡部氏が本来なら会長候補ナンバー1だが、「自分は気が短いし人前で挨拶するのは苦手」と周囲に漏らし、「文協に協力はするが、ブラジルの裁判制度の改革に向けた調査や研究を自分が座長役で行っているため時間は割けないし、適任とも思えない」と会長就任を固辞する回答を、以前本紙の取材に対して行った。
文協においては改革委員会の平(ひら)委員、百周年においてもただの補佐にも関わらず、衆人環視の会議中でさえトップの上原理事長に指示をする姿は、関係者みなが目にするところ。隠然たる影響力は誰の目にも明らかだ。
内部からも、「現在の路線を進めるなら当然、渡部さんが会長になって良くも悪くも責任を取るべき。院政のように隠れているのはどうか」(文協役員)との声も挙がっているが、選挙に出る可能性は低そうだ。
■複雑な図式の原因■
有力者が表面に出てこないことに加え、「文協会長=百周年祭典協会理事長」という図式が、文協会長選の背景を複雑にしている。
百周年のメイン記念事業として承認されたが、「実体としての総意がない」との批判を受けているヴィラ・レオポルジーナ区の日伯総合センター構想は、渡部氏、建築家の大竹リカルド氏、日系研究者協会が中心になったプラン。
もともとJICAサンパウロ支所が「二十年後の日系社会と日系人との連携事業について」という調査プロジェクトを日系研究者協会に依頼し、その結論を元に生まれた構想だ。従来のように、コロニア代表団体が協議して、長い時間かけて話し合いながら練り上げたプランではない。
その証拠に、三十五億円という、コロニア記念事業史上空前の総事業費を見積もりながら、同構想の中心メンバーに誰一人として百周年協会どころか文協、援協、県連など日系代表団体の要職にあるものはいない。その辺も状況を複雑にしている。
とはいえ、次期理事長も当然この関係者が主導権を握らなくては構想実現も不可能になるから、上原、吉岡、渡部三氏およびその周辺からの立候補は間違いない。
■文協会長と百周年理事長は別人でもいい■
リベルダーデ文化福祉協会の網野弥太郎評議員会長は、「今の文協と百周年は重なりすぎていて外から見ると分かりづらい」という。
移民五十周年から九十周年まで、文協会長が周年事業実行委員長に就任し、旗を振ってきた歴史はあるが、必ず代表五団体が寄り集まって執行部を組織し、会合を繰り返しながら合議を進めてきた。「今回も文協会長がトップにはなったが、合議が全然ない点が今までとまったく異なる。その点を、中沢県連会長はじめ、みなが指摘しているのでは」と網野氏はいう。
十四日に栃木県人会で行われた県連主催の百周年意見交換会でも、「現在の協会のやり方は一方的」「コロニア全体が賛同するような進め方をしていない」「議決する前に、まずしっかり説明し、みんなでじっくりと考える時間がほしい」という意見が大半を占めた。
この意見交換会を呼びかけた中沢県連会長は、「昔はコロニア代表団体が結束して、話し合いながら大きな行事を進めて行ったが、百周年からはまったく何の呼びかけもない。県連も百周年の副理事長になっているが相談もなにもない。上原さんやら渡部さんやらの周りだけで決めて、どんどん進めてしまっているのはおかしい」と考えている。
「今の百周年協会の組織にも納得できない。各地に連合会があるのに、連合会とその傘下の一日本人会が同じレベル、同じ権限を持つ副理事長になっている。なんのための連合会かわからない」と憤る。
百周年に対して援協、商議所あたりが消極的な姿勢を貫くのも、文協内部の一部勢力が合議をせず、〃独走〃していることへの牽制意識もありそうだ。
戦後移民の佐々木憲輔氏(58、岩手)は、「昔は文協が全伯の団体を代表する存在だったが、今は同じようなレベルになってしまった。だから、必ずしも文協会長が百周年の理事長を兼ねる必要はない。会員数の多さからいくなら、沖縄県人会の会長がなったっていいはず」と、文協と百周年を分離することに賛成する。
「俺たちが決めるから、後はやってくれじゃ困る。今コロニアに必要なのは学者じゃない。自ら頭を下げて回れるような百周年理事長でなきゃ、みんなはついていかない」と強調した。
ブラジル日系老人クラブ連合会の重岡康人会長(79、山口)は、「コロニアのことをもっとよく分かった人に文協会長になってほしい。現在の方も学者としては素晴らしい人だが、日系社会の実態を認識していないと思う」という。
「本当は、戦後の人たちがもっと早い時期から積極的にコロニアに関わってきて徐々に世代交代していれば、こんな問題は起きなかった」と残念がる。
■説明不足解消のために■
根回しが足りないという批判に対して、常に矢面に立って、実質的に〃広報官〃的な役割をする吉岡百周年プロジェクト委員長は、「確かに、説明が足りないことは感じている。実際に人手が足りなくて説明に回れないのが実情です。新年からボランティアで動いてくれる人を増やし、地方も含めてどんどん説明会を開いていきたいと思っています。ただ、手弁当で動いてくれる人はそうそういないのも事実ですが…」と弁明する。
現在、記念事業説明用のシナリオを作ってコンピューターのCD化し、何人かの役員が同じ説明をできるように練習しているという。「誤解のない広報活動をするためには、みんなで同じ説明をすることが大事。そのための準備をしています」と強調した。
さらに、「先日、コーペルコチアに説明に行きましたが、そのCDを使ってちゃんと説明したら、『これだったら俺たちも賛成しなきゃ』という声を幾つも聞きました」と語った。
■どんな2世が理想的か■
福岡県人会の元会長、中村勲さん(81、福岡)は、「コロニアのリーダーには、大きな金をポンと出す人を連れてくる会長より、瓦一枚寄付する人をコロニア全体からたくさん集められる人がいい。学者じゃなくてコロニアに馴染みのあり、事情のよく分かる人だと思う」と期待している。
福岡県人会では一昨年、USP医学部の現役教授を努める秀才二世会長と元会長ら一世陣が、会の運営方針を巡って対決し、裁判沙汰にまでなったのは記憶に新しい。「リーダーに相応しいのは、頭は良いが他人の意見を聞かない人ではない。みなの意見を聞き、人望がある人だ」とは辛い経験から学んだ教訓だ。
振り返ってみれば、ブラジル社会で成功し名声を得た二世らが、定年を過ぎ、ここ数年でたくさんコロニアへ戻ってきた。彼らは「模範的なブラジル人」であることを突き詰め、他の非日系人を押しのけて出世してきた優秀な人たちだ。コロニアが誇る明晰な頭脳を持つ人たちであることは、誰もが認める点だろう。
ただ、それが〃コロニア的〃に望ましい資質かどうか、意見の分かれるところだ。ブラジル社会での出世競争にしのぎを削る過程で、日系的な何かを犠牲にしてきた可能性は否めない。
スザノ福博村の大浦文雄さんは、「今の七十歳前後の二世は、日本の敗戦によって脱日本という意識を強く持った世代。自分たちはブラジレイロ(ブラジル人)だと強く思うことによって、自らを救おうとした。複雑な精神構造をもっており、それを理解しないと彼らが言っていることの真意は読み取れない」と分析する。
■世代間の対立か■
また、この世代は戦時中に思春期を迎えた。コロニアに戻ってきたとはいえ、勝ち負け紛争に代表される負のイメージを一世や日本文化に重ね、根回しなどコロニア的な〃しきたり〃を嫌悪している可能性すらある、といわれる。
三~四十年ぶりにコロニアへ戻ってきた二世たちの持つ日本文化や日系社会へのイメージは、コロニアの現実とは少々違っていても不思議はない。
コロニアの伝統を無視して日系代表団体内での根回しをまったくせず、修好百周年までのやり方を踏襲しない現在の百周年取り組みのあり方は、どこかその辺の流れを感じさせるものかもしれない。
だいたい、戦後移民と二世との対立は、戦後移住開始直後の五十年前まで遡る〃伝統の儀式〃でもある。
大浦さんは「彼らは世代と、今の四十代の二世は、同じ二世でも考え方がまったく違う。その辺もしっかり考えないと。単純に一世対二世という図式は当てはまらない。もっと若い二世の声、特に地方文協の代表者の意見を聞くべき」と指摘する。
吉岡プロジェクト委員長に、根回しという日本的習慣に文化的な違和感があってしていないのか、と問うと「そういうことも多少はある」と答えた。
二世が中心になって根回しせずに物事を進めていることから、戦後移民を中心とした従来のやり方にこだわる人たちから反発が生まれているのが、現在の図式ではないか。プロジェクトの中身というよりは、むしろ、そのような方法論や手続きの違いが感情的な対立へとつながっているように見える。
■文協創立時の秘話■
実はこの対立の構図、今に始まったものではない。
安立仙一文協事務局長は生前、「今日ある文協を描いたのは山本喜誉司初代会長であり、以後の歴代会長は山本構想の実践家なのだ」と常々、明言していた。その意味では、現体制は文協始まって以来、山本構想から外れた方向性をもった存在だ。
発足から二年が経過する中で、良くも悪くもその成果が問われる時期になってきた。
六四年に発行された日本文化センター落成記念特別号(『コロニア』別巻)には、興味深い事実が書かれている。
六〇年六月二十二日、文協ビル建設を構想していた山本喜誉司氏は、若き渡部氏らピラチニンガ文化体育協会の二世代表者と会合を開いたが、意見が対立し合意には至らなかった。文協の文化センター建設構想発表の直前に、当時の二世団体の代表格だったピラチニンガ文協でも会館建設計画が総会で承認されていたからだ。
同時期の建設では募金活動が重なり、双方に支障をきたすので日本文化センターへと一本化できないかという思惑のもと、文協側の山本会長、中尾熊喜副会長、中沢源一郎副会長、須貝アメリコ理事らが、ピ文協の柳沼会長、小野田ジョルジ理事、植木茂彬理事(後の鉱山動力大臣)らとともに出席したのが渡部和夫副会長だった。
ピ文協は五〇年に創立された二世団体。上原幸啓氏(現文協会長)、翁長英雄氏、植木茂彬氏、大竹ルイ氏(現日伯総合センター設計者)などの後のそうそうたる創立メンバーらの中に、当時USP学生だった渡部氏もいた。
安立氏の記録によれば、まず山本会長は、「まだ子どもだと思っていた二世諸君が、この五、六年の間に一線に進出されるようになり、我々の知らない二世の方々が活躍されるようになった。これは少なくとも我々の不注意だった」と詫びつつ、お互いに話し合って仕事をしてゆきたいという希望を述べた。
中沢副会長は、「いずれこの建物は二世諸君に引き継いでもらわねばならないのに、あなたがたの方でもやるということは、こちらでやることと対立することになります」と合流に対する強い呼びかけを行った。
ピ文協側から、存立の第一目的は「ブラジル人としての意識にめざめていない二世を、立派なブラジル人に育成すること」で、第二が「日本文化の紹介」との説明がされた。現状としては第一目的に活動範囲が絞られており、第二には手が届かないと報告された。
これに対し、文協は第一に「日本文化の紹介、宣伝」や「一世を対象にした文化的啓蒙活動」であり、両会の存続目的は異なるので合流は不可能である、との結論に達した。
その後、両団体はまったく別の活動を続け現在にいたる。ただ、文協には日本政府の資金が流れ込み、記念講堂、移民史料館建設など次々に建物を拡張していった。
■半世紀後の〃合流〃■
なんの因果か分からないが、合流不可能との結論に達した当時のメンバーが半世紀後の現在、文協の舵取りを担い、百周年を契機に文協を二つに分離し、ピニェイロスのピラチニンガ文協の先へ移転させようとしている。コロニアから離れ、ブラジル社会へのアピールを強く持たせた形で。
文協関係者の中には、それを〃巻き返し〃になぞらえる人までいる。
「リベルダーデには若者は集まらない。やっぱりヴィラ・レオポルジーナはUSPやピニェイロスにも近いから若者がいっぱいいる」。百周年祭典協会の上原理事長は記者会見で、何度もそう語った。
五十年の歳月は長い。人も考えも変わるかもしれない。だが、意外と根本は変わっていないのかもしれない。山本会長らカリスマ的な指導者がみな鬼籍に入り、コロニアのリーダーが小粒になったと言われる現在、ブラジル社会でエリートとしての経歴をつんでもどってきた二世らの揺り返しはある意味、当然のことだろう。
少なくとも、思春期に日本語教育を禁止され、日系人であるがゆえにブラジル社会で少なからず気をつかい、辛い思いをしながら人格形成した世代が、現在の文協、そして百周年を支えていることは十分認識すべきことだろう。
文協派とピラチニンガ派、一世と二世――。この二つの流れは半世紀の伏流をへて、百周年を契機に再び表面化し始めた。〃合流〃なのか〃巻き返し〃なのか。まだまだ覇権争いは続くだろう。
■〃改革〃の行方■
〇三年まで文協副会長だった高橋信夫さんは、昨年の四月にそれまでの役づき理事十六人全員を総辞職させ、総入れかえの形で新執行部を構成したことにも、百周年の混乱の一因があると考えている。
「このような状況になったのは、現在の文協役員は民衆が求めているものが分からないことが原因。昨年、理事全員が交代させられたが、半分ぐらいは置いとくべきだった。じゃないと昔からのつながりが分からない」と次の役員選挙への要望を述べた。
この総入れかえを指示したのは、一昨年後半から渡部氏が統括責任(コーディネーター)を務めた文協改革準備委員会だった。渡部氏は当時の文協執行部らに請われて同準備委員会を組織し、〃改革〃あり方を模索していた。もちろん、当時の執行部が合意の上で大変革させたのであって、改革準備委員会が押し付けた訳ではない。
ただ、今思えば、すべての出発点はこの辺にあったのかもしれない。
この他、評議員会の大原毅現会長の擁立とか、来年援協会長辞任を表明している和井武一氏を文協会長にするアイデア、県連の中沢会長が立候補するのではとの噂まで流れている。
その一方、文協五十年の歴史で初めて、シャッパを二つ作って会員に賛否を問う、という話まで聞こえてくる。現在の急激な〃改革〃路線に待ったをかけ、従来のやり方との協調を図る路線が内部に生まれつつあるという。
前回までは評議員会が推薦した会長と副会長五人(現在は七人)を総会で信任し、その後、会長らが三十四人の理事を指名するというやり方だった。しかし、改正民法による定款修正により、前年までに会員になった人は誰でもシャッパ(三十六人)を提出できることになった。
総会で会員が直接選挙する方法になったので、もしシャッパが二つ以上出た場合、会員がこぞって投票に参加すれば、良くも悪くも、執行部の思惑とは違う結果になる可能性を秘めている訳だ。
やはり、コロニアの舵取りを任すべき二世リーダーは、ブラジル社会で成功した人を基準にするのでなく、コロニア生え抜きの二世ではないか。〃優秀な人〃は顧問や名誉会長的な存在として、幅広い視野でアドバイスをしてもらい、実権はコロニア生え抜きに渡す。その方が、結果的に両者にとって納得できる世代交代になるのでは――そんな可能性がささやかれる昨今のようだ。
◇付記
「求められる資質とは」
文協と渾然一体となってしまった百周年祭典協会。日伯総合センター構想への「総意」を巡って混乱の続く現在の状況を収めるには、文協内部から代案なり修正案が出てくるのが理想的ではないか。コロニア五団体の身内である県連から百周年協会が突きあげられている現状は尋常ではない。
次期文協会長に求められているのは、責任者が表面に立つ透明性の高い執行部を組織し、代表五団体をまとめるリーダーシップを自ら発揮でき、必要とあれば資金集めに奔走して頭を下げ、全伯日系団体への説得や根回しに労を惜しまない人材ではないだろうか。
理想論はいくらでも出る。本当の問題は、そのような人材がいるかどうか――その一点に尽きるようだ。