1月1日(土)
「親の老後は、子がみるもの」。昔ながらの習慣が根強く残っているため、老人ホームに対する日系人の認識はまだ低いと言える。「慈善」を前面に打ち出す施設が主流で、入所者自身が劣等感を持ってしまうきらいもあるようだ。卑屈になってしまいがちの高齢者に、癒しを与えるものの一つがペットの存在だろう。日本の高齢者介護で現在、アニマル・セラピー(動物介在療法)は注目の的だ。日系コロニアでも本格的とまではいかないにしても、施設によっては犬や鳥など小動物を飼育。生き物に愛情をかけることで、生きがいにしてほしいと思いを込めている。
老人ホームを取材すると、よく思い浮かぶ詩がある。
〈いろんなとりがいます あおいとり あかいとり わたりどり こまどり むくどり もず つぐみ でも ぼくがいつまでも わすれられないのは ひとり という名のとりです〉
劇作家で詩人寺山修司(一九三五─一九八三)の『ひとり』だ。六歳の時に父が戦死。中学二年の時に母が九州に出稼ぎにいき、叔父に預けられた。一つ屋根の下で親子が暮らすことが出来るようになったのは、二十五歳になってからだ。行間には、孤独感や寂寥感が滲み出る。
快適な施設づくりにかける老人ホームの努力は、並々ならぬもの。例えば、このようなものだろう。
〈まず二十四時間の看護態勢を謳い、医療保健を保証する。施設内には、日本語の書籍やNHKを入れ、娯楽を増加。フェスタやバザー、レクリエーションを企画して日々の生活を豊かなものにする。慰問客も歓迎。ボランティアは、食事の世話から相談役まで役割を担ってもらう〉
それでも、肉親と離れて暮らす入所者の切なさを完全に拭い去ることは出来ないかもしれない。ましてブラジルは、家族の結び付きを重んじる国柄だ。「私が一番求めているものは、肉親の訪問です」。ある日系老人ホームの入所者は、そうはっきりと口にする。
「憩の園」にはインコ数羽
グアルーリョス市の憩の園(中川テレーザ園長)。ドイツ系の設計士が手掛けた住居を譲り受け老人ホーム向けにリフォームしたという建物(一般入居棟)は、回廊や中庭を持つのが特徴だ。
その中庭で、コンゴウインコ(arara)のつがいが二組飼われている。「オハヨー」、「チャウ」と呼びかけてくることもあり、施設の人気者だ。降雨の前兆が表れると、決まって騒ぎ出すという。飼育は職員に任せられているが、入所者も世話を手伝う。
「鳥のさえずりがいつも賑やかで、毎日インコを見るが楽しみ。生き物に接すれば、退屈しないで済むでしょう」。十一月××日午後。同園を訪れると、小雨が降る中で、秋山静子さん(93、大分県出身)はそう慈しんで、マンガの一切れを与えていた。梅の種など堅いものが好物で、分厚い板も食いちぎってしまうそうだ。
別の女性(78、広島県出身)は「命あるものを見ていると、やさしい気持ちになれます」と話す。かつて自家用に鶏を飼っており、〃トリ〃は馴染みの深い動物。「雛が孵って、親と歩いている姿はとてもかわいかった」。
シスターの一人は「生き物に接し愛情をかけることで、入所者の生きがいになっています」と小動物と〃同居〃するメリットを語る。
入所者だけでなく、日系社会全体の憩いの場にしたい──。同園を運営する救済会(左近寿一会長)が環境整備に本腰を入れ始めたのは、一九七〇年代。桜やイッペー、各県の県木などを植樹したほか亀、兎、猿など動物を持ち込んだ。集中豪雨による被害で今は死滅してしまったが、池には錦鯉やチラピアが放たれたこともあった。
担当役員だった原沢和夫顧問(当時常任理事)は「高齢者が楽しく暮らせ、施設を訪れた方がまた来たいと言ってくれる。そんな老人ホームにするために、小動物園のようにしようと思いました」と回想する。
コンゴウインコもこの時代に、篤志家によって寄贈されたもの。今いる四羽は、二代目だ。施設内にはカナリア、ピリキットが飼われているほか、池にはガチョウもいる。数々の野鳥も飛来。一日中、鳥のさえずりが絶えない。
秋田犬を飼う厚生ホーム
援協傘下のサントス厚生ホーム(斉藤伸一ホーム長)には約十歳になる秋田犬が飼われている。愛称はクマ。子供が大の苦手で、イベントの時など犬小屋の中からいかめしい表情をして吠え立てる姿を目にした人も多いはずだ。
生後数カ月の子犬の頃から施設で育てられ、お年寄りにはすぐになつく。斉藤ホーム長は「高齢者には絶対に、吠えません」と言い切る。
夜になると犬小屋から放たれ、アパート形式の建物内を走り回ることもある。どうやら最近は加齢のため、サロンでくつろぐほうが目立つそうだ。入所者が頭を撫でるなどして、愛情をかけている。
主に世話を焼いているのは、佐々木文果さん(82、二世)。昔ペットとして犬を飼っていたので、施設でも飼育係を志願。以前は施設の外に散歩に連れ出していたそうだ。
斉藤ホーム長は「今は足腰が弱って散歩に出ることはありません。でも面倒を見ることが生きがいになっており、健康状態は良好です」と動物の持つ癒し効果を実感している。
愛犬クマをプレゼントしたのは、小畑博昭援協元事務局長だ。番犬にするという目的ももちろんあった。だが、日本の大学で福祉を専攻。「犬はお年寄りの慰めになり、必ず生きがいを感じてくれるはず」と確信を持っていた。「最初はうるさいと言う人もいました。今は皆が可愛がってくれます」。
アニマル・セラピーは古くから知られており、最近高齢者介護の現場で注目を集めている。効果は(1)ストレスを緩和するホルモンの分泌が増加する、(2)血圧や中性脂肪、コレステロールの値が下がる、(3)ペットと運動することで健康増進になる──などだ。
シニア・ボランティアの森悦子さん(援協福祉部)は「(日本で)施設で往時の生活ができるだけ続けられるように、皆知恵を絞っています。その一つに、ペットの飼育も入っています」と話す。
ただ、「デイ・ケアーのとき、ボランティアの人にペットの犬を持ってきてもらいましたが、犬の方が怖がってしまい、隅で丸くなったり、吠えたりしたことがありました」と苦い経験もある。
本格的にアニマル・セラピーを取り入れるのなら、動物を専門的に訓練する必要もありそうだ。