1月6日(木)
日本海外移住家族会連合会(海家連)の初代事務局長を務めた故・藤川辰雄さんは一九八六年九月二十日、アマゾン川で無縁仏の巡礼供養中に謎の死を遂げた――。有名なこの事件の真相に迫るビデオドキュメンタリー作品が、サンパウロ市在住の記録映像作家、岡村淳さんによって先ごろ完成された。
《墓標をも再生林に消え去りて 鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)ビラアマゾニア》
藤川さんがアマゾン高拓生の墓地を探しに行き、密林の中から見つけられなかった無念の心境を詠んだ一句だ。鬼哭啾啾とは「浮かばれない亡霊が恨めしさに泣くこと。また、その声」と広辞苑第三版にはある。
海家連の初代事務局長として十六年間に渡って移民を送り出した日本側留守家族と、現地との親睦に努めた藤川氏。南米視察業務を重ねる中で、移民の無縁仏を供養せねばとの心境に至り辞職、五十七歳にして出家した。
作品では中流のパリンチンス近くにあるビラアマゾニアの、日本人墓地を望む対岸で消息を絶った経緯を巡る、興味深い様々な証言を集められている。川岸で供養中に暑さから水浴していて溺死し、猛魚ピラニアの餌食となって遺体が上がらないというのが地元警察の推測、〃公式な記録〃だった。
ところが、岡村さんが集めた証言には、「今思えば最初から計画的な行動だったようにも思える」「保険金目当てでは」との地元の推測などもあり、衝撃的な内容を含んでいる。
撮影開始から九年、藤川さんの遺族のいる山口県、同氏が私財を投げ打って海外開拓移住者菩提・富士見観音堂を建立した伊豆大島、マナウス、同ビラでの取材など、二十人ほどにインタビューした約七十時間分にも及ぶ証言映像から、五時間十五分(全三巻)に編集した大作だ。
藤川さんが最後に残した絶筆メモには「無縁仏が呼んでいる声が聞こえる」「事故死の霊感を受けるに至る」とある。鬼哭の声に惹かれるように、覚悟の上でアマゾン川に入水し、自ら無縁仏の側へ渡ってしまったこと伺われるという。
伊豆大島に残した富士見観音堂は、和子未亡人が女一人で守り続けたが、九四年にがんで他界。ふとした縁から、その遺志を継いだのは『新宿発アマゾン行き』(文芸春秋、九四年)の著作でも知られる、元移住者の佐々木美智子さんだった。しかし、ガンに犯され北海道で療養。その間、佐々木さんの兄がボランティアで続けたが〇三年一月に、やはりガンで亡くなった。今では、無住となった観音堂自体が〃無縁仏〃化する恐れがあるという。
作品中、佐々木さんは観音堂を守るべき人が次々にガン倒れる事実に悩み、「藤川さんに出てきて責任とってほしい。亡くなった人の霊魂を慰めるために作ったのだから…、藤川さんは何をしているのと言いたい」とあの世の建立者に悲痛な叫びをぶつける。「あたし一人じゃ支えきれない!」。
まるでホラー映画のような数奇な物語を、作品は淡々と、延々と綴る。多分に湿り気の多い日本側のコメントと、あっけからんと乾いたセリフを吐く移住者のコントラストが興味深い。
最後の方で、日伯交流協会のOB有志らが観音堂を訪れ、若々しい仕草でてきぱきと奉仕清掃する姿が映され、一転して一服の清涼感が漂い、救いが生まれる。
ただし、観音堂を継ぐものがいない現実には変わりはない。
藤川氏が〃行方不明〃となる当日の、最後のメモには次の文章がある。
「われを知り、心ある人には、日本であろうとブラジルどこであろうともこの祈りが通じ、読経が聞こえるはずである。すべてが狂った今の世に対して、『アマゾンの読経』と題して、書いてくれる人があれば、必ず心を動かして目を覚ます人々があるはず」。
そう、岡村さんの作品の題名はまさに『アマゾンの読経』だ。
日本側から移住者の無念を慰めようと巡礼読経した藤川さんに対し、岡村さんは移住者側から記録に残すことによって応えた。「正史」から無視された市井の移民の記録をライフワークとした岡村さんならではの、入魂の一作といえよう。
昨年末、東京で上映会も行われ、約百人が熱心に観賞した。『目覚めよと人魚は歌う』(新潮社、二〇〇〇年)で第十三回三島由紀夫賞を受賞した高名な小説家の星野智幸さん。その感想を「とんでもない作品だった。見た後に客観的に語れるようなものではなく、現実にはみ出てきて、自分自身に問いを突きつけられ、冷静ではいられなくなった。自分は自分らしく生きようなどと何度も思ったりして。死生観も揺さぶられる」と自身のサイトに記した。
移住者の無念の声は、鬼哭啾啾としてそれを聞いてしまった藤川さんに引き継がれ、さらに十八年後、岡村さんによって受け継がれた。将来、このビデオを見た人の中から、志をつなぐ人が現れるに違いない。
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希望者が上映会主催を申し出れば、岡村さんは作品を持って立ち会い、解説するという。移民の日や移住地の創立記念日など、先人の足跡に想いを馳せる機会に上映会を催すのも一興ではないだろうか。
岡村さん連絡先は11・276・4491。Eメールokamura@brasil-ya.com