3月4日(金)
【エスタード・デ・サンパウロ紙三日】下院は二日、難病治療のための実験を目的とする幹細胞利用を盛り込んだバイオ安全法を賛成三百五十二票、反対六十票で可決した。上院は承認済みで、ルーラ大統領の最終裁可を待つのみとなった。宗教団体からは強い反対があったが、不治の病とされた数々の難病を抱える患者には福音が訪れそうだ。幹細胞解禁はペロンジ下議(ブラジル民主運動党=PMDB)上程のバイオ安全法の一部で、ほか遺伝子組み換え(GM)食品の生産と販売も含め、項目別に表決が行われた。
同案の可決に一縷の望みを託す難病患者多数が下院傍聴席に詰め掛ける中、表決は行われた。生き永らえる可能性を断たれ蜘蛛の糸に連なる人々の姿は、下議らの同情を誘ったようだ。同案に反対した旧教や新教の宗教団体、保守派団体は、再審議を要求したが拒絶された。
表決時にはカヴァウカンチ下院議長の息女が、同案賛成派ロビーとして保守派の父親説得に協力した。傍聴席では同案可決の瞬間、難病患者らから歓声が上がった。幹細胞治療とは受精卵または骨髄、へその緒の幹細胞を一定期間細胞分裂させ、そこから必要部分を摘出し、患部へ注入して臓器培養を行うという治療法だ。
細胞分裂が始まった時点で一個の立派な人格を持つ人間の形成であり、必要部分だけを摘出し不要部分を廃棄するのは人道に外れるとする意見があった。これが解禁されると、精肉店の牛肉並に人間の臓器も販売されるという。さらに、人間とは何かという基準の設定にも発展する人類の課題とされる。
バイオ安全法は可決されたが、国家バイオ保全技術委員会(CTNBio)の権限を巡って政府与党は二分した。科学と倫理が正面衝突した様相となった。これはブラジルだけでなく、世界各国が直面している問題といえそうだ。
下院議長室は二日、バイオ安全法を巡って賛否両派の陳情団が詰め掛けた。絶叫の嘆願や、絶対反対の怒号で混雑した。早朝未明からカトリック系の倫理団体が、サンパウロ市から陳情団を引率してドア前に陣取った。直後にはロドリゲス農相を始め、カンポス科学技術相や学術団体のメンバー多数が押し寄せた。
下院議長の息女アナ氏は表決の最中、父親の血糖値が高過ぎると議長席から引っ張り出した。表決の肝腎なときを抜け出し、副議長のジョゼ・T・ノノ下議に一任した。聖職者を任じる議長は娘にうまくはめられたようだ。
バイオ安全法の中に幹細胞とGMが一緒に扱われることに、学界は根本的に異なる分野だと異論を唱えた。幹細胞は受精卵の解体が問題。GMは農薬不要作物や不毛の地に栽培可能な品種を開発するための植物遺伝子(DNA)操作。同じバイオ法に組み込むのは問題という。
バイオ安全法は九五年に制定され、人間の精子も植物の精子も同等扱いにした。当時は環境関係者も学術関係者も異論を唱えず、承認された。その後、精子は受精すると、バイオ安全法の範ちゅうではなく倫理問題であることに気づいた。