2005年8月6日(土)
イタペセリカ・ダ・セーラ市にある老人ホーム、「ノーヴァ・ヴィーダ」は、オーストリア人のインゲ・シュナイダーさん(66)が運営する民間施設だ。入居者二十四人のうち、日系人が七人。きめ細かい管理に定評があり、日系人の数が最近上昇中だ。エンブー・グアスーに持っている精神障害者施設を含めると、日系人の割合が四七%に達するという。施設では、味噌汁や焼きそばなど日本食の調理にも取り組み始めた。
BR116からイタペセリカに入って間もなく、セントロの手前で聖人などを祀った公園に突き当たる。市立救急病院方面に折れてすぐ、老人ホームの看板が目に飛び込んできた。
敷地面積千平方メートル。平屋の入居棟を軸に庭園やプールなどが整い、別荘にでも遊びに来たかのようだ。理学療法に使っているスペースで、左半身が麻痺している森山タカシさん(52、二世)がリハビリをしていた。
入居して一年半。妻や子供たちは日本にデカセギにいっており、「ひとりぼっちなんだ」と右手で不自由な左手をさすった。
そばの部屋では、大浦ヒロミさん(85、二世)がマッサージを受けていた。大浦さんも半身不随。治療中に走る痛みに時折、表情を歪ませた。
妻が新興宗教に傾倒して訪日。十二年間も家を空け、息子と二人きりの生活を続けていた。事故で体の自由がきかなくなり、一カ月ほど前にノーヴァ・ヴィーダに終の棲家を求めてきた。「ここは緑が多くて静かだし、食事もいけるんですよ」。
シュナイダーさんは、ゾナ・レステの老人ホームに十年間勤務していた。一九九九年に、独立。続いて、〇一年に精神障害者施設にも手を広げた。
援協福祉部とは、前任地時代からの顔なじみ。パンフレットなどを配布してPRしたところ、職員が視察に訪れて環境や設備を気に入った。援協による紹介のほか、本人自身が直接アクセスしてきたケースも少なくない。
入居費(月額)は、自立者が千レアルで要介護者が千二百レアル。福祉部は「この値段の非日系人施設で、サービスの良いところはほかにない」と語り、末永く付き合っていきたい考えだ。
日系人女性は、声を詰まらせて言った。「私、数年間、寝たきりだったんです。でもここに入ってマッサージなどをしてもらったら、また歩けるようになりました」。
入居者の国籍は日本のほかドイツ、エストニア、シリアなどで国際色豊か。それを受けて、何種類もの食事のバリエーションを用意している。「自然療法が中心。豆乳や薬草茶を飲み、マゾテラピアで体の張りをほぐしています」と、シュナイダーさん。
日系人は規律正しく、対応しやすい。日系人が集れば、自然と日本語による会話になる。福祉部にこのほど味噌汁などの調理方法などについて問い合わせて、指導を受けた。味付けは、概ね好評だという。
「何よりも大切なのは、人類愛じゃないですか」。シュナイダーさんは、老人ホーム開設の基本理念を力説する。
祖国オーストリアでは先の大戦後、雇用状況が悪化。ドイツ、イタリアなどに移住せざるをなかったという自身の暗い体験が背景にあるようだ。渡伯約四十年。スイス人の夫との間に、四人の子供がいる。
「高齢者介護は時間とエネルギーが必要で、簡単にできるものではない。私自身、子供との同居は考えていません。これからますます、老人ホームが求められる時代になるはずです」。さらりと言ってのける辺りに、人を引きつける何かが隠されているのかもしれない。