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日本祭り黒字期待はずれ=昨年8万→今年2万に大幅減=入場料収入を「皮算用」=県連代表者会議で報告=収支の承認持ち越し

2005年9月17日(土)

 フェスティバル黒字は約一万九千レアル――。県連は十五日午後二時から宮城県人会館で臨時代表者会議を開き、七月に開かれた第八回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)の収支を報告した。初めての会場、百万レアルの巨額な予算などかつてない規模で開催された今年の日本祭り。結果は一万八千八百六十四.一〇レアルの黒字に終わった。
 日本祭りは七月十五日から三日間、サンパウロ市ジャバクアラ区のイミグランテス展示場で開催され、約十万人が来場する賑わいを見せた。昨年まで会場として使用していたサンパウロ州議会駐車場から新たな会場に移り、予算も約百万レアルと前年から倍増し、県連日本祭りの歴史を通じて最大のイベントになった。
 収支報告は最初、ポルトガル語で行われたが、宮崎県人会の吉加江ネルソン名誉会長から提案があり日本語でも説明された。
 収支報告によれば、日本祭りの収入は百六万八千三百六十四.二六レアル。支出は百四万九千五百.一六レアルで、一万八千八百六十四.一〇レアルの黒字となった。
 内訳を見ると、協賛企業からのスポンサー料が約四十七万四千レアル。企業スタンドの出店料が約十七万八千レアル。また今年初めて徴収した入場料による収入が約十七万九千レアルに上り、以上で全体の約七八%を占めた。
 その一方で支出も大きく、会場費やスタンド建設関連の費用などで約三十九万レアルを計上したほか、イベント舞台や音響などの費用として約二十万レアル、広報費用として約十九万レアルを支出している。
 昨年のフェスティバルは約八万レアルの大幅な黒字を出した。今年は入場料を徴収することもあり黒字が見込まれていたが、最終的な黒字は約一万八千レアルと小幅に終わった。
 実行委員会の田畑稔委員長は、初めての会場だったこともあって経費の無駄や失敗した点もあったと述べた。入場者数についても、昨年の四十五万人という数字から見込んだ入場者数が「皮算用」だったとして、「今回がフェスティバルの基礎になります。次回は会場側をはじめ交渉もしやすくなるでしょう」と語った。委員長は「苦労はしましたが、いい勉強になりました。皆さんから建設的な意見を頂いて今後の参考にしたい」と次回に向けた協力を求めた。
 席上、執行部が同報告の承認を求めたが、出席者から収支の詳細を求める声や監査役の意見が必要との意見があり、承認は持ち越しとなった。委員長は収支に関する疑問について県連事務局で説明する意向を示した。
 収支報告後の反省会では出席者から、県人会郷土食スタンドの配置や、会場案内の不備など、計画、運営に関する批判の声が挙がった。田畑委員長もこうした点について改善の必要性を認め、改めて次回のフェスティバルに向けた協力を求めた。
 委員会メンバーからは、「反省すべき点はあるとしても、実際にボランティアでフェスティバル開催に携わった関係者の苦労も理解してほしい」という意見が出た。
 フェスティバルの前身「県連郷土食・郷土芸能フェスティバル」を始めた時の会長で、この日の会議に出席した網野弥太郎顧問も発言。世代交代の中で県人会の将来像を模索しながら始まった開催当初の意義を語り、「フェスティバルは全県人会のイベント。批判するのは簡単だが、二世三世、四世と受け継いでいくためには、四十七県全体でやるという意識がなければ、九回、十回と続いていかない」と訴えた。
 会議ではこのほか、今年の十二月にサンパウロ市で「EXPO JAPAO」を開催しようと申し出たイベント会社があったが県連が見送ったことや、先日報じられたチエテ川の植林事業など百周年関連の報告、イビラプエラ公園の慰霊碑と日本館周辺の整備計画などについて説明があった。
 会議後は同会館で懇親会が催された。