2005年10月12日(水)
この苦闘はみごとに報いられ、二世々代以降のニッケイ人(※註=宮尾グループでは漢字の「日系人」は一世も含めた意味。「ニッケイ人」は二世以降のみをさす場合と使い分けている)はブラジル社会の中ではとび抜けた高学歴所有者となった。
ドットールとしてブラジル人一般よりもはるかに高い所得を得て、各界に深く浸透して行った。その結果、彼らはコロニアを遠く離れ、移民世代が期待していたように、コロニア社会に帰ることは遂になかった。そして、コロニアは移民世代の高齢化とともにやせ細って来たのである。
その背景のもとで、かつては日系社会の中心機関として機能したブラジル日本文化協会が、いまや一地域団体にまで機能を低下させてしまった。この組織を再構築し、新たな日系社会を形づくらねばならないということで、二世々代を中心とする上原派、戦後移住者を中心とする谷派の両者がしのぎを削って選挙戦を展開した、と思われる。
しかし両者ともに、衰退化している現在の日系社会をどのように活性化して行くかを熟考の上、立候補したのかは、その具体的なプランが明示されることはなかった。選挙戦後も示されていないため、このたびの選挙は、箱物をどこに造るかの争いに終わってしまった感が強く残るだけだ。
そこで、日系社会を新たに構築して行くにあたって、考えなければならないことは、何が最優先事項なのか、という点だ。そのためにはまず、日系社会のおかれている現状を、より深く把握しておかなければならない。
日系社会の現状
十七年前、移民八十年祭のおりに、祭典事業の一環として私たち人文研が行った日系人実態調査に基いて推定してみると、ブラジル日系人総数は、すでに百五十万人前後(うち約三十万人がデカセギ就労中)と見られる。
しかし、百五十万人という日系人が日系「社会」を構成しているわけではない。単に数として存在するということであり、日系社会といおうとComunidade Nikkeiといおうと、百五十万すべてを包含する実態が存在するわけではないことを、まず認識しておかなければならない。