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PT、支持者の3分の1失う=わずか1年間で=裏金告発以降つるべ落し=離反票は浮動票へ

2005年12月27日(火)

 【フォーリャ・デ・サンパウロ紙】調査機関のダッタフォーリャは二十五日、労働者党(PT)が一年間に支持者を三分の一失ったと発表した。同機関が十二月に調査したところ、ルーラ大統領率いるPTを支持すると回答した人が、昨年十二月の二四%から一六%に低下。ジェフェルソン元下議がPTの裏金配布を告発した六月、PT支持率は二一%であった。同元下議の告発旋風が煽った七月、さらに一九%へ落ち、八月は一八%、十月は一七%へとつるべ落しとなった。その間ブラジル民主運動党(PMDB)は八%、ブラジル社会民主党(PSDB)は五%、自由前線党(PFL)は四%と変化なく、無党派票は四九%から五九%へと増えた。
 PTはわずか一年の間に支持者の三分の一を失い、二四%がPTの絶頂期であったことが伺える。ダッタフォーリャが一九八九年八月に行った調査では、PT支持者は六%に過ぎなかった。同時期、筆頭のPMDBは一二%の支持率があった。PTとPMDBは九一年、一一%で同率へ。
 PTは九九年、PMDBの一二%を追い抜き、一五%とトップへ躍り出た。さらに二〇〇〇年十二月、二〇%にこぎつけた。〇二年五月、PTは二三%と揺ぎない地位を築いた。しかし、この数字は選挙での勝利を意味するものではない。ブラジルの習慣では、候補者への支持と党への支持は別物である。
 ブラジルでは、党と候補者への投票に相関関係がない。ブラジル人は支持党も支持者もいないが、気まぐれで投票したという例が多い。従って各党の獲得票数は、支持率を上回る。
 例えばPMDBは九〇年の下議選で支持率が一二%に過ぎなかったが、いざ投票箱を開けると二一・五%と予想外の得票があった。PFLは四%の支持率に対し、一六・五%を得た。進歩党(PP)は四%が八・三%に。PSDBは一%が七・六%に。
 一方PTは九〇年、支持率九%に対し、当選した下議は七%に下がった。九四年は九%が九・六%に。九八年は一一%が一一・三%に。〇二年は二〇%が一七・七%に。PTに限っては支持率と得票率がほぼ一致していたらしい。
 今回調査を見ると、PTの失われた票は他党へ流れず浮動票となったようだ。PT離反票はサンパウロ市とサンパウロ州でほぼ同率。サンパウロ州は二一%から一六%で二四%減。サンパウロ市は二七%から二一%で二二%減であった。
 全国でPTの凋落が目立ったのはサンパウロ市とサンパウロ州である。ルーラ政権当初の〇三年四月、PT支持率はサンパウロ市とサンパウロ州とも三五%であった。ここから起算すると政権就任以来、サンパウロ州で五四%、サンパウロ市で四〇%のPT離反票が出たことになる。
 他党をサンパウロ州で見ると、PSDBが〇三年四月の五%を、〇四年十二月は七%に伸ばし、現在は九%に達したことでわずかながらPT離反票の分け前に預かった。PMDBは、六%で沈香も焚かず屁も垂れず。PFLは一%を二%に。サンパウロ市のPSDBは、しだらがない。〇三年四月七%から〇四年十月一〇%へ。同年十二月九%、〇五年八月四%、現在は七%という体たらくだ。

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