2006年1月10日(火)
いずれにしても、これらの情報は全て表面的、局部的なことであって、仮に水本氏が円売りに深く関わっていたことが事実(醍醐氏が水本さんは否定しなかったけど『大した額ではなかった』とも付け加えたと、十一月十七日の寄稿文の中で実に重要な証言をしておられる)であったとしても、おそらくは大きな組織の中心にいた人物ではなく、その組織の末端(コロニア社会の一部)を動かしていた人物と見るべきであろう。
なぜなら、大量の円が出回ったといわれるその大量の円が、ブラジル国内にあったものではなく、一説ではユダヤ人が持ち込んだものということだが、個人としてのユダヤ人とは思えず、ユダヤ系の、あるいはアメリカ系の銀行を通してブラジルにあった日本系銀行などに持ち込まれたものとの見方も出来そうだ。
大量の円のルートが仮定できれば、あとは私のような素人の考えでも、それがどのような経路を通って水本氏あるいは売買業者の手に渡ったかはおおよその見当がつこうというものである。
同事件の追跡調査をしたというパウリスタ新聞記者の言(安良国済氏の寄稿文)ではないが、それを追い詰めて行くと当時の「東山銀行」の某氏に辿り着くことも容易であろうし、さらに同氏の背後にはもっと大きな銀行が控えていることも想像に難くないのである。 抱え込んでいる大量の円が一夜にして無価値に等しい。言わば紙屑同然になったとき、銀行家は何を考えるか。出来ればそれをもっと価値ある他の貨幣と速やかに交換することを考えるだろう。
幸運にも、ブラジルの田本人社会の戦勝派が円を欲しがっていることを知り、アメリカやブラジル国内にあった円を〃大量〃に目本移民杜会に持ち込んだ。
日系金融業者や情報を流し易い邦字新聞に渡りをつけて、麻薬販売ルートにも似た組織を形成し、末端消費者(勝ち組)の手に流れる方法が講じられたのではなかったか。
安良田氏の寄稿文(十二月十七日)の中に、もし〃元締め〃の名前を口外すればその日の内に自分は殺されているだろうという氏の知人の談話が載っている。組織の内情は絶対に外に漏れないように用意周到な網が引かれていたことは確かであったろう。
だから醍醐氏の言う。
〃点〃ばかりが見えて〃線〃は見えなかったのである。〃線〃が簡単に見えてしまうようでは組織としては不完全である。
おそらく、邦宇新聞記者が追跡したくらいでは崩れそつもない強固な〃城壁〃が築かれていたであろうことは用意に想像できる。
昔観た『日本列島』という日活映画を私はふと思い出した。
巨貨幣偽造事件を追った記者が、ほとんど核心まで追い詰めたところで、ついに突き破ることの出来ない大きな厚い壁にぶつかった挙句に何者かに殺害されてしまったという内容であった。映画でははっきり語らなかったが、暗にそこには巨大な国家組織が関わっていて、事件の解明を完全に阻んでいると観客に思わせるような結宋であった。
コロニアの円売り問題も、突き詰めて行くとその辺りに辿り着くのではないだろうか。証拠は何も残さないように仕組まれた一つの完壁な組織の網がいち早く敷かれていたのである。その完壁さに守られて、〃彼ら〃は悠然と移民杜会の中で自己の名声を混存し続け、後年には日本政府の叙勲や民間組織の表彰を受けたりしたのである。
六十年過ぎた今、コロニア随一のプロ作家醍醐氏をして、「不毛な議論」と言わしめた完璧さというべきだろう。
しかしながら、いつかその完璧さの一角が崩れる火のあることを私は信じているし、そのために高橋幸春氏のような体制を怖れぬ気鋭ライターの出現と、弛まぬ追究の手が継続されて行くことを念じているのである。