2006年1月14日(土)
今までのブラジル本とは一味違う書籍が昨年出版された。『熱帯の多人種主義社会』(岸和田仁著、つげ書房新社、二〇〇五年)だ。博覧強記で知られるサンパウロ人文科学研究所の宮尾進顧問(二世)ですら「教えられることがたくさんあった」と賞賛する。当国に関する知識欲を激しく刺激する一冊のようだ。出張で日本から来聖していた岸和田さん(53、東京都)を九日、高野書店に訪ねた。
表紙には「ブラジル文化賛歌」との見出しが躍るが、「ブラジルは反面教師でもあるが、同時にモデルにもなりえる」と含みのある言い方をする。本人はきわめて冷静な視線を向けている。
一九七九年から九五年まで、ニチレイフーズの駐在員としてサンパウロ市や北東伯に滞在し、その間にビジネスと私生活の両方で体験した事柄を分析し、東京外語大ポ語科でつちかった語学力で数々の原書にも挑戦、知識と理解を深めてきた。
「ブラジルという国は、住んだから分かるというものではない」。そう自戒を込める。「しょせん、住んだ地域だけ。国全体とは違う」と多様性を強調する。
それは十六年間、レシフェ、ジョアン・ペッソーア、ペトロリーナなど実際に赴任した地域での経験と、ブラジル各地を旅した見聞から紡ぎだされた結論だ。
駐在を終え、帰国した九五年から月刊音楽情報誌「ラティーナ」に本格的に文化短信などの執筆をはじめ、その原稿の約半分をまとめて本として出版した。
内容はじつに多岐にわたる歴史散策や社会考察で、「ブラジルは熱帯中国である」「ブラジルとはフェイジョアーダである」といったユニークなブラジル論紹介からはじまり、有名な映画監督や音楽家インタビュー、ロックの女王ヒタ・リーからズンビと逃亡奴隷王国までと恐ろしく幅広い。
五七年のハンガリー革命から逃れて渡伯し、一軒の肉屋を大手高級精肉チェーンに育てたユダヤ系ハンバリー人の例など、いかに多様な人種と文化を内包している国であるかを表現する。戦前の日本人移民の背景に世界恐慌や日露戦争があったように、この国に渡った各民族の移住史は、すなわち世界史そのものであることを見せつける。
かと思えば、田尻哲也氏や中隅哲郎氏を追悼する一文も掲載。本の多彩な内容がそのまま、この国の多様性を表現しようとする意欲の現れだ。宮尾さんは書評で「ブラジルを知るきっかけを作ってくれる、大変刺激にとんだ、しかも気軽に読める本」と紹介した。
取材の最後に、岸和田さんはボソッと「最近、カマラ・カスクードを読み直さなきゃって思ってます」といった。名著『ブラジル食文化の歴史』をあらわした大民俗学者の名前がなにげなく口をついて出てくるあたり、やはり、ただの元駐在員ではない。