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コラム 樹海

 仏教団体の会報のなかで、一つの句が紹介され、その「句の心」の論評があった。「人の行く裏に道あり花の山」▼証券業界では、この句が株式相場で利益を得たければ、他人の逆を行け、と解釈されているという。マンションの耐震強度の不足がわかっていながら、販売した会社のトップが、この句を座右の銘としていたことも紹介していた▼論評の筆者は、同様に座右の銘としてはいるが、もちろん違う受け取り方をした上で、である。満山咲き乱れている染井吉野よりも人知れず咲く一本の山桜に肩入れする、というのだ▼大規模農業をしたくてもできなかった時代の移民は、人があまりやらない農作物に着目し、品薄の高値をねらった。「人の行く裏の道」を歩もうとしたのである。いわゆる「当てる」である。大規模農業なら、量で勝負できる。しかし、大きな資金が要る。ひっそりとではないが、人が着目しない作物を狙わざるを得なかった▼それでも、当たったり、当てたりすると、人がすぐついてきた。生産は過剰になり、儲け幅はじきに小さくなってしまった。こういうことの繰り返しで苦労を重ねてきた▼農業に従事した移民は老いた。子孫は、親の苦労をみて、後を継ぐのをやめた。だから、戦前、大半を占めた日系の農業従事率は一〇%を割り込むほど後退した。いま、農業にかかわりなく、自由自在に好みの「人の行く裏の道」を選んで歩けるようになった。それは、老後を自己のペースでまっとうすることである。(神)

06/03/03