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大統領候補はアウキミン氏PSDB=2カ月の接戦制す=背水の陣敷き気迫の勝利=陣笠の取り込みに成功

2006年3月16日(木)

 【エスタード・デ・サンパウロ紙十五日】知事辞任を決意し、背水の陣を敷いたアウキミンサンパウロ州知事は十四日、二カ月にわたる水面下作戦の結果、ブラジル社会民主党(PSDB)の大統領公認候補に指名された。公認の指名を受けて同知事は、党の一致団結を三度も繰り返し強調した。候補を断念したセーラサンパウロ市長は、一致団結の発言時には姿が見えなかった。公認候補は第一声、政権は倫理の洗礼を受けること、実力者政権を旗印とし、浪費の蛇口閉塞が三公約であると宣言した。政治改革が国家を確実に前進させ、発展に導くことを可能にすると同知事は訴えた。
 国家のモラルを根底から侵蝕した汚職のまん延は、骨の髄からうとましい。無計画な政治と停滞した経済、死に体政権。ブラジルは治療法を変え、直ちに救急治療を施す必要がある。PSDB公認候補は、優秀なブラジル国民に相応しい偉大な構想と大胆な国家発展を実現すると公言した。
 可愛い子供たちに親よりもマシな人生を送らせるため、よりマシな仕事とよりマシな収入を得させるには経済成長が急務という。「政治とはサービスである。私腹を肥やす道具ではない」と述べ、セーラサンパウロ市長は偉大な政治家であったと最後に少しねぎらった。
 党公認の公式発表は、ジェレイサッチ党首から候補の選考に不手際があったことの詫びとともに発表された。PSDBは優劣を測り難い二人の稀に高潔な政治家に恵まれ、ブラジルを倫理観のない労働者党(PT)の手に委ねることをよしとしない。しかし、結局セーラ氏に譲歩してもらったと説明した。
 公認候補の公式発表は、バンデイランテス宮で行われた。会場は発表後直ちに、PSDB党本部へ移された。州知事公邸は党活動の場ではなく、公の場であるからだ。即席会場にはPSDB要人の面々と知事一家が集まった。しかし、自由前線党(PFL)からは、アウキミン候補の副大統領候補マイア上議始め誰も出席しなかった。
 アウキミン知事の勝因は、ローマ帝国の故事にならい帰還船を焼き捨てたことにあるらしい。勝利か屍を野にさらすかの二者択一にあった。セーラ市長は、党幹部への根回しに出た。気迫の相違か。アウキミン知事は三月三十一日の知事辞任を発表すると、知事公邸からピンダの古巣へ家財道具を積んで引っ越した。
 知事は麻酔医学から「暗示をかけると、事態はいつでもひっくり返る」という人生哲学を学んだ。市長の党幹部根回しに対し、知事は陣笠連中を取り込んだ。それは党内をトラクターで整地したようで、大統領当選の暁には全員に役職の土産を振舞った。座右の銘は「動あれば反動あり」。人事を尽くせば、結果が向こうからやって来る。
 アウキミン候補は一九五二年十一月七日、ピンダモニャンガーバで出生。一男二女の父。タウバテー医大卒、麻酔医。一九七二年、民主運動党(MDB)に入党。一九七六年、ピンダ市長。一九八二年、州議。一九八六年、下議。一九八八年、PSDBへ移籍。一九九四年、副知事。二〇〇一年、コーヴァス知事死去により知事へ昇格。

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