2006年5月25日(木)
〈高齢者は病気を苦に、自殺を図る。がんなど死の危険が高い疾患が分かった時、家族や社会の中でお年寄りを孤立させてはならない〉
二月××日水曜日午後。診察が始まる約一時間前に、老人内科医を始め、看護婦、薬剤師、理学療法士、心理士、ソシアル・ワーカーなど外来チーム約十人が一室に集合。約二十分間のビデオをみた。
テーマは「自殺」。かなり重たい内容だ。死を目前に控えた人を応対するからには、相当の心構えが必要なのだろう。
これまで「事故死」や「病死」が取り上げられ、この日が「自殺」だった。「モルヒネの打ち方」や「理学療法士の役割」といった、より実践的な内容も扱う。
現場で対応出来なかった問題も討議。診察の質を維持するために欠かせない。スタッフが顔を合わせる場になるため、仕事上の不平・不満を吸い上げる絶好の機会でもある。
千馬さんは「医療従事者は結構プライドが高く、『知らない』と言えない。だから討議する場を設けて、意見を交わすんです」と、その意図を説明する。
コーディネーターである千馬さん自身が、認識不足のふりをし、具体的な例を挙げて一人一人に話をふる。そうすることで、個々の悩みを引き出しやすくするわけだ。
ブラジルで、緩和ケアがまだ比較的新しい分野だということでもある。年間を通じて、一般参加も可能な講演会(セミナー)も企画。「死」を始め、「宗教」「病気の対応」などについて広報している。
この日は、エイズ感染者が多い地区の保健所に勤務している、女性看護婦も参加していた。回復の見込みのない患者への接し方に苦慮しており、可能ならば緩和ケアのチームを立ち上げたいという。
多くのスタッフが最も、壁にぶち当たる問題は何か? 患者との絆をどこまで深めていくかだという。患者の死に、しばしば出会うからだ。
思い入れが強すぎると、死去した時に〃燃え尽き症候群〃になって仕事が長続きしない。逆に治療を続けるには、本人や家族を知る必要がある。両者のバランスの取り方が難しい。
千馬さんは「先週中に、三人が亡くなりました」と報告した。出席者の反応は、意外にさばさばしたものだった。決して、死に対して鈍感になっているわけではない。〃プロ意識〃がうかがえる。
「自殺」のビデオをみた後、患者が死去した時のストレス発散方法について、話が及んだ。女性医師は「恋人と映画にいくのよ」と明かした。
千馬さんは、これまで百人以上の死に接してきた。心に残っているのは五人ほどだそうだ。「私はジョギングが好きなので、患者さんが亡くなると長距離を走ることにしているんですよ」。
特に変わり映えのない答えかもしれない。それでも、経験の浅い医師らにかけがえのない助言になる。
外来では、主治医がまず診察。その内容をもとに、スタッフが別室で治療方針を討議。それをもとに、千馬さんがアドバイスを与えていた。患者一人一人の情報を共有することで、より適切な処置をすることが可能だ。
(つづく、古杉征己記者)